男性不妊症の一つ、無精子症を乗り越えたミュージシャンのダイアモンド☆ユカイさん(54)。47歳で初めての子を授かり、心境や創作活動に向かう姿勢に変化が生じ始めた。
2010年2月、長女・新菜(ニーナ)ちゃんが生まれた。「世間知らずの俺にはすべてが新鮮だった」と育児に没頭したが、ふと思い出したことがあったという。
「我ながら、親バカだなあって思うよ」
「子どもができた気持ちを、曲にしなくていいの?」
という妻の一言がきっかけだった。
「そういえば俺、ロックンローラーだったなと思って、ピアノの前に座ったんだよ。そうしたら曲が降ってきた」
ピアノを弾くまねをしながら、嬉しそうに語った。生まれた曲が「新しい菜の花が咲く頃に」だ。新菜ちゃんに向けて作ったアルバム『Niina』(2010年10月発売)に収録された。ピアノだけのローテンポな前奏で始まり、バックには赤ちゃんの産声が流れ出す。新菜ちゃんへの愛情を込めた詞を優しい声でユカイさんが歌い、曲の後半はオーケストラが加わる。パワフルなしゃがれ声と歪んだギターで攻めるこれまでのバンドサウンドのスタイルとは、大きく変わっていた
「我ながら、親バカだなあって思うよ」。ユカイさんは笑って話す。娘のための曲は、ほかにもある。新菜ちゃんの好物がカボチャだとの理由で、『どてかぼちゃ』という曲までつくった。
並行して、ブログや講演会で男性不妊に関する情報発信にも力を入れ始めた。「自分も不妊です」というコメントをもらうこともあり、その度に自然と活力が出てきた。
それにしても、ロックンローラーのイメージが強いユカイさんは、不妊に苦労する姿があまり重ならない気もする。無精子症を告白する際に、ためらいはなかったのだろうか。
「なかったよ。自分のロックンロールは、今の自分がつくっていくもんだ。俺だって成長していかないとね。『今こうしたい』っていう思いが、俺にとっては不妊治療の経験を多くの人に伝えて、役立ててもらうことだった」
がれきの中から産声を上げる赤ちゃんに「命は尊いな」
だが、不妊治療の経験をつづった本の執筆には迷いがあったと明かす。
「すべての人に男性不妊のことを知ってもらって、検査や治療を受けてもらいたい。でも、どんなに治療を受けても子どもができない夫婦もいる。彼らのことを思うと、成功体験を書くのはためらいがあった」
そんなユカイさんの転機となったのは、2011年3月の東日本大震災。ある光景をテレビで見た。
「ニュースで、がれきの中から産声を上げる赤ちゃんの映像が流れたんだ。それを見た時、逆に勇気づけられた。命は尊いなって。どうしようか悩んでいた気持ちが吹っ切れて、本を出す決心がついた」
出版されたのが『タネナシ。』(2011年、講談社)。自身の不妊の経験を著した男性の著名人はほとんどいない。
「マスコミにも出る自分だから、より多くの人に発信していける。それは俺の使命だと思ってる。子どものことって、誰にとっても身近な話だからね。実体験も伝えていけば、関心をもってもらえると思う」
世の中に何を訴えたいか。最後に尋ねた。ユカイさんは背筋を伸ばし、それまでの柔らかな笑顔から一転、表情を引き締めてこう話した。
「夫婦共働きが普通になってきた今の世の中。女性がいったん仕事を落ち着けるのが30歳としたら、高齢出産と言われる35歳まで5年しかない。旦那の男が俺みたいな無精子症だったら、治療を受けないままいくら努力しても無駄になる。ファミリーをつくりたい気持ちが少しでもあるなら、気楽に不妊検査を受けてみてほしい。男性不妊の存在を知っていて損はない。知っていれば悔いのない人生を送れる」