熊本城の近くに建つ熊本市国際交流会館は、普段は市民や在住外国人に開放され、会議室やホールの貸し出し、図書コーナーや相談窓口を設けている。
今回の震災で、会館は外国人向けの避難所を開設しただけでなく、日本語が分からず、混乱する被災外国人を受け入れ、多言語で生活情報を提供し続けている。
旅行者や在住者向けに避難所も作る
避難所は、2016年4月14日の前震から約3時間半後の15日1時に開設された。初めは利用者が少なかったが、16日未明の本震で状況は一変する。会館を運営する熊本市国際交流振興事業団事務局長の八木浩光さんが自宅から駆けつけて明け方4時に開錠すると、すぐに日本人20人が緊急避難してきた。会館は電気が短時間で復旧したため、照明がついている館内に入ってきたのだ。飲料水の備えがあり、トイレも雨水を使っているため使用可能だった。
夜が明けると、外国人観光客が続々と会館にやって来た。米国や中国、タイからの団体客のほか、カナダやフランス出身の旅行者もいた。宿泊先の市内ホテルが断水したうえ、外国語による十分な情報を得られなかったためだ。
「外国人旅行者からは『すぐに熊本を離れたい』との相談ばかりでした。空港は閉鎖し、鉄道は不通、高速道路も通行止めで交通はマヒ状態。どうすれば希望をかなえてあげられるか、私たちも情報を探して外国語で提供しました」
と八木さん。最新の交通事情をインターネットでくまなく調べて、電車がどの駅から動いているかを確認すると、希望者にタクシーを手配して目的地まで行けるようにした。
ケアが必要なのは旅行者だけではない。八木さんによると熊本市には現在、約4500人の外国人が住んでいる。事業団は普段から外国人コミュニティーと密接につながっており、地震後に在住外国人から連絡を受けた際は、まず最寄りの避難所を案内し、不便があれば会館に来るように促した。実際にバングラデシュ人の留学生と家族12人は、いったん避難所に身を寄せたが満杯で、妊婦がいたこともあり16日昼ごろ会館に移動して来た。ほとんど日本語が話せないため、一般の避難所で過ごすのは難しかったのだろう。
本震後に会館が避難所として24時間態勢の本格稼働を始めた16日には80人の外国人が訪れ、旅行者を除く38人が館内に宿泊した。
イスラム教徒の「ハラール」食品支援をネットで呼びかけ
在住者は旅行者と違い、簡単に熊本から引っ越すわけにいかない。言葉が通じる国際交流会館の存在が、当座をしのぐうえで「生命線」となった。
ひと口に外国人と言っても、文化や習慣が多様で生活上のニーズも異なる。基本は英語での情報提供だが、時には他の外国語が必要になった。イスラム教の避難者向けには礼拝用の場所を確保した。
八木さんをはじめスタッフは、きめ細かい対応のためにインターネットを最大限活用した。例えば入浴の情報。断水で風呂に入れない避難者のために、市内で無料営業している銭湯を検索し、詳細を伝えた。ネット上の情報はすべて日本語だったため、英訳したうえで提供した。
イスラム教徒の避難者は、イスラムの教えにのっとって処理された「ハラール」の食品以外食べられない。そこでフェイスブックや、協力者へのメールを通じて窮状を訴えたところ、最初に市内の国際交流団体がイスラム教徒向けの炊き出しを始めた。さらにホテルが、ハラールの弁当400食の提供を申し出てくれた。おかげで、一部を市内のモスクに回すことができたという。その後イスラム教徒の避難者には、自力で調理できるよう便宜を図った。
4か国語で行政手続きや医療機関案内を発信
4月20日になると、会館内だけでなく他の避難所の外国人支援を視野に入れ、全国から応援にやって来た「多文化共生マネジャー」の協力を得て「災害多言語支援センター」を立ち上げた。日本語と英語、中国語、韓国語の4か国語で被災外国人に向けた情報発信を本格化させたのだ。熊本市が毎朝更新する災害情報を英、中、韓それぞれの言語に翻訳、印刷して会館内に掲示したり熊本市国際交流振興事業団公式ウェブサイトに掲載したりする一方、翻訳内容を市側に渡して外国人がいる各避難所へ回してもらった。各種行政サービスや手続きをはじめ医療機関情報、仮設住宅の情報と生活上重要な内容ばかりだ。「罹災(りさい)証明書の申請方法などは、日本人でもどうしていいか分かりませんから」(八木さん)。
避難所は4月30日に閉鎖したが、災害情報の多言語化は継続している。避難生活を送る外国人は、タブレット型端末やスマートフォンを持っているケースが多く、多言語情報は有益だ。今後、地域に住む外国人にとっては、緊急時対応から本格的な生活再建への段階に入っていく。自立を支援するうえで、今後は別の情報が必要になっていく。
一方、震災当初に押し寄せた外国人旅行者に対しては、「どんな情報が必要か」の支援方法の想定が不十分だったという。短期滞在の観光客は、在住者と違う対応が求められるだろう。また、情報を多言語化した後に外国人被災者がきちんと受け取り、理解してくれたかがネット上で分かるようになれば、本当に必要な支援を的確に届けられるようになるのではと、八木さんは考える。