金融庁が、コンピュータープログラムを使って1秒間に何千回もの頻度で株式売買を繰り返す「超高速取引」(High frequency trading=HFT)の規制に向け検討に着手した。HFTが株価の乱高下の要因になっているとの批判を受けたものだ。
欧米はすでに規制に動いており、実態調査を踏まえて金融審議会(首相の諮問機関)で規制のあり方を話し合うが、市場関係者からは反発も予想される。
コンピューターが1秒間に数千回の売買を繰り返す
2016年5月13日、金融審の有識者会議「市場ワーキング・グループ」(座長・神田秀樹学習院大法科大学院教授)の初会合が開かれ、金融庁はHFTを巡る市場の公正性や効率性、投資家間の公平性やシステム面への影響などを主な論点として示した。
HFTとは、株式市場で人工知能(AI)が組み込まれたコンピューターを使い、1秒間に数千回とも言われる頻度で売買を繰り返す取引手法。株価の値上がりや値下がりの兆候を察知し、高速売買で小幅な利益を積み上げる。情報処理技術の発達とともに1990年代以降欧米で普及した。
日本では、2010年に東証が次世代売買システム「アローヘッド」を導入し、注文処理にかかる時間を大幅に短縮したことで利用が拡大。現在、東証の取引全体の6~7割程度がHFTとされる。
しかし、HFTの機械的な大量の売買については、「相場急変動の要因の一つになっているのではないかとの指摘もある」(麻生太郎副首相兼財務相・金融担当相)ほか、コンピューターが一般投資家の売買を先回りして利益を上げる手法に「公正な取引ではない」との批判もくすぶる。
先物取引が現物市場を大きく動かす
実際、HFTは、現物の株式売買だけでなく、先物、さらに株式以外の金融商品も組み合わせ、相場を動かしている。
例えば、日経平均株価が1日に数百円単位で下落した後、急に上昇するといったことはよくあるが、日経平均先物、TOPIX先物、JPX400先物などへの大量の注文がこうした相場を動かす原動力になっている場合が珍しくない。つまり、先物市場の乱高下が現物株式を大きく動かしているという構図だ。
株式の現物と先物の平均売買代金を比較すると、東証1部の場合、先物の売買代金が現物の2倍に達する売買の主体で見ると、現物の売買代金に占める外国人投資家の比率は、最近では70~75%に高まっているが、先物では外国人の比率がさらに上がって85%程度に達するという。「こうした状況は2015年夏ごろから顕著となっている」(市場関係者)。外国人投資家による先物を活用した取引がHFTの大部分を占めるといってよさそうだ。
さらに、株式の現物と先物の間だけでなく、商品相場などもからむといわれる。たとえば、原油価格の動向と密接に関連したヘッジ取引が代表的で、原油価格下落の損失を日本株先物の売りでヘッジするといった具合だ。相場がどう動いたときに、何をどれだけ売買するのが最適か、AIが瞬時に判断し、売買を命令し、取引を実行する――これを1日中、繰り返す。
欧州では2018年からHFT業者を登録制に
麻生金融相が指摘するのは、こうした取引があまりにも膨らんで現物の株式が、先物市場、商品市場の動きにつられて激しく動くため、株価が業績やファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)と無関係に決まるという懸念だ。
HFTの問題が世界で認識されたのは2010年5月。米ダウ工業株30種平均が数分間で約1000ドル下落し、すぐに元の水準まで戻る「フラッシュ・クラッシュ」と呼ばれる現象が起きた。HFTが原因か、はっきりしたわけではないが、世界的な関心を呼び、海外でHFT規制議論のきっかけになった。
欧州では2018年からHFT業者を登録制にして、当局への情報提供を義務づけることになり、米国も同様の登録や情報提供の規制導入を打ち出している(実施時期は未定)。日本は欧米に出遅れているため、金融庁は「市場はグローバルにつながっており、海外と歩調をそろえる必要がある」として検討に着手、年内にも規制の方向性を打ち出したい考えだ。
ただ、市場関係者からは「過度な規制は円滑な株式取引を阻害する」との反発が出ている。様々な相場観をもつ多様な投資家がいてこそ市場の価格形成機能が発揮されるのだから、「HFTはむしろ、流動性を高め、取引を活発にし、適正な株価形成に資する」といった意見も聞かれる。