政府の規制改革会議(議長・岡素之住友商事相談役)が、牛乳やバターの原料に使う「生乳」の販売の自由化を提言し、波紋を呼んでいる。農業に関する作業部会(ワーキンググループ=WG)が2016年4月8日に報告したもので、正式には6月にまとめる同会議の答申に盛り込む方針だ。
生乳を独占的に扱ってきた農協の既得権に切り込むものであることから、さっそく全国農業協同組合中央会(JA全中)などが反発しており、調整難航は必至だ。
生乳生産量の95%以上が農協経由
現行制度では、生乳は「ホクレン農業協同組合連合会」など全国10か所の「指定生乳生産者団体」になっている農協に集められ、乳業メーカーなどに販売されている。ここに出荷しないと国の補助金を受け取れない仕組みで、生乳生産量の95%以上が農協経由になっている。この方式は、通常は高価格で売れる飲用牛乳を優先的に作り、余ったときにバターに回すなど、生産調整する機能もあり、乳製品の安定供給に寄与してきた面はある。
どこが問題なのか。規制改革会議が動いた直接のきっかけは、近年続発するバター不足だ。ここ20年ほど、生乳生産量が減少傾向をたどっているのが理由だが、その背景には酪農家の廃業が後を絶たないという事情がある。酪農家が自由に生産量を増やしたり、高く売れる販売先を開拓したりすることができないことが廃業の一因――と規制改革委は分析。酪農家の自由を縛る需給調整や指定団体制度にメスを入れようという考えだ。
このため、提言の眼目はずばり、指定団体の特別扱いをやめることだ。バターなどをつくる際に指定団体経由で支払われている補助金を、指定団体と取引がない酪農家も含め、全ての酪農家が公平に受けられるようにし、酪農家が取引先を自由に選べるようにするという「流通自由化」を求めている。酪農家が競争力を高めれば出荷価格も上がり、酪農家の所得も増えるというわけだ。
過疎地や離島の酪農家がいなくなる
しかし、この規制改革会議の提言に対し、JA全中(奥野長衛会長)は猛反発している。森山裕農水相や自民党を突き上げ、自民党は農林水産戦略調査会などの合同会議が4月14日、「不十分な検討で結論を出すことは受け入れられない」と、「自由化ノー」を決議した。
反対の理由はこうだ。季節による需要変動に対応した需給調整機能についてはすでに書いたが、農協などは「販売先が自由に選べるようになれば、高く売れる飲用が優先され、加工用との需給バランスが崩れる可能性がある」と懸念する。そもそも、日持ちしない生乳は短時間で乳業メーカーに引き渡す必要があり、個別に取引すると安く買いたたかれたり、輸送コストがかさんだりするため、指定団体が酪農家から生乳を集めて一括して輸送し、メーカーとの価格交渉を担うことが必要というのだ。
この結果、制度が廃止されると、都市圏に近く飲用生乳の需要がある生産者と、遠方で加工用に限られる生産者とで収入に差が生まれる懸念もあるとし、「過疎地や離島で酪農を営むには指定団体制度は欠かせない」(九州の酪農家)という主張になっている。小規模、零細の農家のために規制が必要という農業に共通する問題というわけだ。
そうしたなか、今後の政局を占う衆院北海道5区補欠選挙が自民と野党統一候補の一騎打ちで4月24日の投票日に向けて戦われている。北海道は日本一の酪農王国で、生乳の補助金の8割を受けるホクレンのおひざ元だけに、「このタイミングでなぜ生乳自由化論が政府から出るのか」と、与党関係者からボヤキも聞こえる。夏の参院選挙もにらみ、自民党が自由化容認に踏み切るのは容易ではないだろう。
規制改革会議が6月の答申に、生乳自由化をどこまで具体的に盛り込めるか。政治との綱引きが激しくなりそうだ。