「保育園落ちた日本死ね!!!」の匿名ブログをきっかけに、保育所に入れない「待機児童」問題に火が付き、参院選に向けて与野党が対策を打ち出すなど、政治問題化している。
だが、何年も叫ばれながら解決できない構造問題を抱え、選挙目当てのリップサービスで済むほど生易しいものではない。そもそも「待機児童」の定義の曖昧さも指摘されるように、行政の本気度が疑われても仕方がない状況だ。
「隠れ」待機児童は公表の2倍
待機児童とは、基本的に、施設や人員に関する国の基準を満たす「認可保育所」への入所を希望したのに入れなかった児童を指す。自治体が待機児童と認定したのは2015年4月時点で、全国で2万3167人。だが、この数字には、過少に見せる「からくり」があった。
政府自身が「過少」を認めたのが3月18日。塩崎恭久厚生労働相が衆院厚労委員会で民主党の山尾志桜里議員の質問に対し、「隠れ待機児童」(または「潜在的待機児童」)と呼ばれる数が、2015年4月時点で、全国で約4万9000人に上ることを、厚労省自身の集計結果として明らかにしたのだ。公表待機児童2万3167人の2倍以上で、両方を合わせると約7万2000人に達する。
「待機児童」と「隠れ待機児童」という二つの数字がどうして出てくるのか。これは、国が2001年に待機児童の定義を変えたことに遡る。自治体が独自に助成する「認可外保育施設」を利用しながら待機している児童らを待機児童から除いてよいことになったのだ。定義が変わったこの年(2001年)の場合、4月時点で旧定義なら3万5144人だったのが、新定義で2万1201人に「減少」した。
今回発表の隠れ待機児童4.9万人の内訳を見ると、(1)自治体が通えると判断した認可保育施設に入らなかったのが3万2106人、(2)東京都の認証保育所など自治体が補助する認可外施設に入ったのが1万7047人。(1)は保護者の我儘と思う人もいるかもしれないが、「自宅からかなり遠い」「通勤の方向と逆」「上の子と別の保育園になった」など、やむなく入らないケースが多い。(2)も、入れるだけましともいえるが、保育料の額は施設ごとに異なり、一般的には認可保育所より割高で、園庭がなかったり、あっても狭かったりと、保育の環境として劣るところも多く、認可保育所に希望者全員を受け入れるのが本筋ということになる。
さらに、4.9万人には、認可保育施設に入れずに育児休業を延長した人は含まれない。これを待機児童に含めるかは自治体に任されている。厚労省は今回、数字を把握しながら、非公表とした。
一部自治体の「待機児童ゼロ」は誇大表示?
こうした政府の曖昧さが、世の幼い子を持つ親はもちろん、自治体も混乱させている。例えば、川崎市は2015年4月の「待機児童ゼロ」を達成したとされるが、認可保育所に希望しても入れなかった児童、つまり「隠れ待機児童」が2231人いた。2013年に「待機児童ゼロ」で脚光を浴びた横浜市の場合も、専任の要員を配置してきめ細かく親の相談に乗り、認可保育所に入れなくても自治体認定の保育所を親と一緒に探すなどの努力は評価されるものの、「『待機児童ゼロ』は誇大表示」(保育関係者)との声がある。逆に、待機児童数日本一の世田谷区は、母親が育児休暇を延長した場合は待機児童扱いとなるなど、実際の待機児童数と公表児童数との差が相対的に少ない――といった具合だ。こんな、メートル法と尺貫法の数字を比べるような不毛な数字合わせの横行が、まじめな政策論議を妨げている。
とはいえ、このブログをきっかけに、待機児童が一気に政治問題化し、参院選の争点の一つに急浮上したのは間違いない。特に政府・与党は、安倍晋三首相が民主党の山尾議員に最初にブログのことを質された際に「実際に起こっているのか確認しようがない。これ以上、議論しようがない」と答えて世論の不興を買ったこともあって、神経をとがらせている。
保育所不足で何と言っても問題なのは、特に都市部での保育士不足だ。用地確保の困難さやコストの高さもさることながら、平均給与が月約21万9000円と全産業の平均よりも約11万円も低いという保育士の処遇が最大の問題だ。
「消えた年金」問題の再来狙う野党
政府として2015年度補正予算、2016年度予算案に保育人材の確保や保育の受け皿拡充などを盛り込んでおり、5月には「1億総活躍プラン」で中長期の対応策をまとめるが、これを待たず、3月中にも「緊急対策」も打ち出す。具体的には、既に予算に盛り込んだ保育士給与アップ1.9%分に上積みして計4%引き上げることを検討。このほか、保護者の都合などで一時的に子供を預けられる「一時預かり」制度を活用して保育所入所が決まるまでの居場所を確保する、マンションの1室などで2歳までの子を預かる「ミニ保育所(小規模保育所)」の定員規制(19人)の緩和などを盛り込み、積極姿勢をアピールする考えだ。
野党は待機児童問題で、2007年の第1次安倍内閣時代の「消えた年金」問題の再来を狙う。民主党は、待機児童解消に向けた「緊急対策本部」を設け、保育所入所を断られた母親6人を招いて事情を聴くなど行動を開始。3月24日には民主、共産、維新、生活、社民の5野党共同で、保育施設で働く保育士や事務員、さらに幼稚園の教諭らの賃金を平均月5万円引き上げる保育士処遇改善法案を衆院に提出した。
ただ、「即効性のある対策があるなら、とうに実行している」(政府筋)のが現実。処遇改善などの財源をどう手当てするか、さらに、安易な規制緩和で、保育士の数が少ない狭い施設でより多くの児童を預かることで目が行き届かず、いまでも絶えない事故が防げるのかなど、付け焼刃の対応には問題も多い。参院選まで日が限られるなか、どこまで政策論議が深まるか、注視する必要がある。