ウォーキングと並んで、国民に人気の2大スポーツのランニング。認知症になりにくい、老化を遅らせる、明るく前向きになる......など多くの健康効果があるが、最近、がん細胞を縮小させるという嬉しい研究が発表された。
まだマウスの実験段階だが、負荷の強い運動をすると分泌されるアドレナリンが、免疫システムの攻撃役「ナチュラルキラー細胞(NK細胞)」を活発化させ、がん細胞を死滅させるためだ。ランナーにとって走る楽しみがまた増えた。
マウスの実験では、がん細胞が50%縮まった
研究をまとめたのは、デンマーク・コペンハーゲン大学のペルニール・ホイマン博士らのチーム。回し車でランニングを続けたマウスは、何も運動をしなかったマウスに比べ、がん細胞が50%も縮小したという実験結果を、国際医学誌「セル・メタボリズム」(電子版)の2016年2月16日号に発表した。
チームは、アドレナリンががん細胞に及ぼす影響を調べるため、肺がん、肝臓がん、皮膚がんなど5つのがんにかかったマウスを、それぞれ回し車でランニングするグループと運動をしないグループの2つに分けた。人間がランニングをするとアドレナリンが分泌されるが、その状態を再現するため、ランニング組のマウスに人間並みの量のアドレナリンを注射した。
その結果、ランニング組のマウスは、運動をしなかったマウスに比べ、5種類のがん細胞の大きさが平均で50%縮小した。がん細胞を攻撃するNK細胞がアドレナリンによって増加したからだ。マウスの体内を調べると、NK細胞が血液の中を移動し、がん細胞を探し当てて集結、攻撃する様子が観察された。
次にNK細胞が欠乏したマウスを使い、ランニングをさせる実験をしたが、がん細胞は縮小しなかった。また、アドレナリンの働きを止めたマウスにも同じ実験をしたが、やはりがん細胞は縮小しなかった。ランニングでがんを抑制するには、十分なアドレナリンの分泌とNK細胞が必要だとわかった。
ところで、なぜアドレナリンががん細胞を縮小させるのか。よく強壮剤のコマーシャルなどに「アドレナリン出た~!」というキャッチコピーがある。アドレナリンは、山道でクマに遭った時のように、驚き、恐怖、怒り、興奮状態になると副腎から分泌される。「命の危機」の時に反射的に出るため「闘いホルモン」と呼ばれる。俗にいう「火事場の馬鹿力」の源だ。これが、がん細胞やウイルスを攻撃するNK細胞を増やして活性化、「闘争力」に火をつけるわけだ。
「侍」と「忍者」の協力軍が「がん細胞」城を攻撃
研究チームは今回、インターロイキン6(IL-6)という免疫伝達分子が、アドレナリンとNK細胞の「がん細胞死滅共同作戦」に一役買っていることを発見した。IL-6は、ランニングなどの強い運動をすると筋肉組織から放出される。脂肪を燃焼したり、血管の炎症を防いだり、体にいい働きをするのだが、がんとの関連はわかっていなかった。ところが、なんとNK細胞をがん細胞の場所に案内するガイド役を務めていたことが判明した。
「IL-6ががんの発症地点までNK細胞を導く証拠もあります。我々にとって、このメカニズムは驚きでした。なぜIL-6がそんな役割を演じるのか、今後の研究課題です」と、ホイマン博士は語っている。
つまり、こういう図式だ。ランニングをするとアドレナリンが分泌され、がん細胞を斬る侍「NK細胞」が増える。一方、筋肉からがん細胞の隠れ場所を突きとめる忍者「IL-6」が放出される。走ることで、侍と忍者が次々とがん細胞退治に乗り出していくわけだ。
ホイマン博士は「マウスの実験段階ですが、アドレナリンを十分に放出する運動が、がん細胞の縮小に有効であることが示されました。これまで、がん患者にどんな運動がいいかアドバイスするのが難しかったですが、ランニングのようなある程度負荷のある運動を勧められます」と語っている。