アップルの「iPhone(アイフォーン)」のロック解除をめぐり、2016年に入り、同社と米連邦捜査局(FBI)が鋭く対立している問題で、米国の司法判断が分かれている。米議会の公聴会でも双方の主張の隔たりの大きさが浮き彫りになった。
また、国連のザイド人権高等弁務官が米当局に慎重な対応を求めるなど、議論は熱を帯び、着地点が見えないまま混迷が深まっている。国民の安全とプライバシー保護をいかに両立させるかという問題だけに、世界の関心も集めている。
銃乱射テロ事件容疑者の携帯電話が発端
問題の発端は、米カリフォルニア州の銃乱射テロ事件の捜査で、同州連邦地裁が16年2月16日、容疑者のアイフォーンのロックを解除するよう命令を出したこと。容疑者が使っていたアイフォーンは使用者が決める「パスコード」を入力しないとロックを解除できず、しかも間違ったパスコードを10回入力するとデータが失われるように設定されている。利用者のプライバシーを守るためセキュリティーを強化した結果だが、FBIは、ロック解除のための新たなソフトを作って、この端末の情報を見られるようにすることをアップルに求め、裁判所もこれに同意して命令を出した。
アップルは「世界中の人々のプライバシー侵害になりかねない」と、命令の取り消しを求めているが、この約2週間後の29日、今度はニューヨーク州連邦地裁が別の事件について「捜査当局はロック解除を強要できる法的根拠がない」と、カリフォルニア州と180度異なる判断を示した。司法の判断が完全に割れたのだ。
こうした事態を受けて3月1日に開かれた米議会公聴会で、FBIのコミー長官は「悪意のある番犬を取り除いてくれと要請している」と、捜査への支障を取り除くよう求めたのに対し、アップルのセウェル上級副社長は「ハッカーやサイバー犯罪者が個人のプライバシーや安全を脅かす恐れがあり、危険な前例になる」などと述べ、歯止めがきかなくなることへの懸念を強調した。
かつては国家安全保障局に協力して批判
両者の対立には伏線がある。2013年、国家安全保障局(NSA)の元契約社員が、政府がアップルなどのIT企業の協力を得て、ネットなどで膨大な個人データを収集していたことを暴露。この件で批判を受けたアップルはプライバシー保護の強化を進めており、この延長上で今回、FBIの要請を拒否した。
だから、グーグル、AT&T、マイクロソフト、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、ツイッター、インテル、シスコシステムズ、米ヤフー、イーベイなど30社を上回る米IT大手もアップル支持を表明している。
この問題は、米国だけに限らない。アップルは「犯罪にも悪用されかねず、外国政府が同じような要求をし始めるのも時間の問題だ」と訴える。アップル製品の売り上げの約6割は米国以外が占める。ザイド人権高等弁務官が、「(解除を認めることは)専制国家や犯罪ハッカーへの『贈り物』になるかもしれない」と指摘したように、犯罪者やテロ組織はもちろん、人権を顧みない国の政府に悪用される恐れもある。
1789年制定の「全令状法」が根拠
実は、FBIが解除要求する根拠は、当局に法の想定範囲を超えた執行権を幅広く認める1789年制定の「全令状法」という古い法律で、21世紀のプライバシー重視とデジタル技術の時代に十分対応するものではないとされる。別の事件でアップル側が裁判所に提出した書面によると、同様にロック解除が求められている事例は9件ある。事案ごとに個別の訴訟に委ね、そのたびに内容が左右にブレる可能性もある。
NY地裁の事案を扱った判事は「この問題は昔の議員には想像もつかなかったテクノロジーや文化の現実について検討できる政治家同士で議論されるべきだ」と新たな法整備を促した。「安全保障の名の下に、どれほどのプライバシー保護を断念するかだが、簡単な答えはない」(公聴会での議員の発言)とはいえ、時代に合う新たなルールを定める時期に来ていることは間違いない。