女子テニスの元世界ランク1位、ロシアのマリア・シャラポワ選手が2016年3月7日にロサンゼルスで記者会見を開き、1月の全豪オープンテニスでのドーピング検査で、禁止薬物「メルドニウム」の陽性反応が出たと発表した。国際テニス連盟(ITF)は同日、シャラポワ選手に3月12日以降、調査結果が断定されるまで暫定的な資格停止処分を科すと決定した。処分期間は最大4年になる可能性もある。
シャラポワ選手は会見で「(メルドニウムが)禁止薬物のリストに入ったことを知らなかった」と話しているが、元男子陸上400メートルハードル選手の為末大さんが「見落とすなんてありえない」と8日にツイッターで述べるなど、日本のアスリートからは、「うっかりドーピング」説に疑問の声が相次いでいる。
禁止薬物は毎年変わるが、見落とすことはない
メルドニウムが世界アンチ・ドーピング機関(WADA)の禁止薬物に指定されたのは2016年1月と、ごく最近だ。シャラポワ選手は06年頃から約10年にわたって医師に処方されて服用しており、「リストに入ったことを知らなかった」と説明している。しかし、為末さんはツイッターで「僕のレベルでも見落とすなんてありえなかった」と、アスリートの立場から疑問を投げかける。
「本人が把握しなくても、二重三重にチェックが働くはずです」
というのだ。為末さんによると、一般にアスリートが薬を処方される際は、医師からアンチ・ドーピング機関に連絡してもらい、禁止されていないかが確認できてから服用する。知識がない医師に診られることは「アマチュアレベルでもありえません」と否定する。一流のアスリートならマネジメント会社もおり、何重ものチェックを通すことになるため、「気をつけていたら引っかからないんです普通は」と断言する。柔道家で12年ロンドン五輪銀メダリストの平岡拓晃選手もツイッターで「私でさえ、この薬は大丈夫かどうか二重三重にチェックしていました」と同意している。
元日本代表サッカー選手の中山雅史さんも3月10日放送の「グッド!モーニング」(テレビ朝日系)で「禁止薬物は毎年変わるから、トレーナーや病院にチェックしてもらう。本人も周りの人も注意している」と述べ、1月にリスト入りされたばかりとは言え、見落とすことは考えにくいとした。
では、なぜシャラポワ選手ほどの世界的アスリートがうっかりしてしまったのか。
旧ソ連で開発された「持久力」向上の薬
メルドニウムは1970年代に旧ソ連で開発された。不整脈や糖尿病に有効とされるが、「持久力」を向上させる効果もある。シャラポワ選手は「糖尿病の家系」であるとして長年服用していたというが、スポーツ医学が専門の向井直樹・筑波大学准教授は3月8日のブログで「アスリートが治療のために用いる医薬品ではないので、競技力向上を目的としていたとされても否定できないのではないでしょうか」と推測している。
スポーツドクターの林雅之氏も先述の「グッド!モーニング」で、「あれだけ運動する人で糖尿病はありえない。本当に糖尿病なら、一流のアスリートにはなれない」と指摘した。為末さんはツイッターで「喘息と認定されたら気管支を広げる薬が使えるので、とある大会で3-4割ぐらいの選手が喘息だと申請したことがありました」という事例を挙げ、糖尿病の申し出についても疑問の余地があることを匂わせた。
ただ、ロシアでは、メルドニウムは医薬品として認められており、アスリートからの検出率が高い。3月9日のAFP通信によると、バレーボール、スピードスケート、ショートトラック、フィギュアスケート、自転車といった競技の国際大会で活躍するロシア人選手からも、メルドニウムの陽性反応が出たという。だが、メルドニウムが16年1月から禁止薬物リストに入ることは15年9月の時点でWADAからアナウンスされていた。シャラポワ選手には国際テニス連盟(ITF)などからも複数回警告されていたという報道もある。
ロシアでは15年11月、陸上界がアスリートと検査機関による国ぐるみのドーピング隠ぺいの実態をWADAの委員会に告発され、五輪などの国際大会への出場停止処分を勧告されたばかりだ。為末さんは、「ロシアは薬剤の服用に関してアスリート、ドクター、トレーナーなどの意識が低いのではないか」というツイッターユーザーからの質問に
「はい、意図的であるという点も含め」
と答えている。