「自然米」へのこだわり、国際的に認められ「金賞」
もう1つ、仁井田本家がこだわるのが自然米だ。農薬や化学肥料を一切使わない自然米だけを使った酒を、1967年に国内で初めて醸造・発売した。自社でも水田を持ち、県内外の生産者と契約栽培をしている。今では自然米使用100%で、原料がコメと水だけの純米造り100%でもある。仕込みに用いる水も、同社が所有する山の伏流水や井戸水といった天然水しか使わない。
それでも、原発事故後は、「放射性物質は大丈夫か」という逆風に見舞われた。会社のある郡山市田村町の事故後の放射線量は市内でも低い方だった。仁井田本家でも、事務所前の桜の木付近で空間線量を独自に測定していた。国の「追加被ばく線量・年間1ミリシーベルト以下」の考え方では、毎時0.23マイクロシーベルトの計算となるが、2012年2月の時点で既にこの数値を大きく下回っていた。加えて、原料米や製品に対して厳しい放射能検査を続けたのは先述の通りだ。
事業は厳しい状態が続いたが、ぶれない「自然酒」づくりは優れた商品としての評価につながった。毎年行われる「全国新酒鑑評会」では2012年、14年と金賞に選ばれた。国内だけではない。2015年、ロンドンで開かれた「インターナショナルワインチャレンジ2015」でも、「自然酒 純米吟醸」が純米吟醸・純米大吟醸の部で、「自然酒 燗誂」が純米酒の部で、それぞれ最高賞の「金賞」を獲得したのだ。世界13か国・54人の「酒の専門家」が審査し、金賞を授与されたのは876銘柄中43銘柄だけと、名誉ある賞だ。「自然米の持つパワーを評価していただいたのかもしれません」(馬場さん)。
まだ、売り上げが震災前に完全に戻ったわけではない。それでも、地元を中心に着実にファンが増え、自然米への一貫したこだわりは国内外で理解が広まってきた。「福島だから応援してくれる、そしてお酒を買ってくれる。そんな人の温かさに触れると涙が出そうになる」と、馬場さんはほほ笑む。
楽な道のりでなくても、次の100年に向けて1歩ずつ進んでいる。(この連載は随時掲載します)