貿易や投資による日本と海外のお金の出入りを示す2015年の経常収支は、黒字額が前年の6.3倍の16兆6413億円を記録し、5年ぶりの高水準になった。対外投資の配当などの収入が過去最大を更新したこと、原油安で貿易赤字が縮小したこと、訪日客の増加で旅行収支が53年ぶりの黒字に転じたことの3つが原動力だ。
ただ、原油安や円安の恩恵も大きく、原油高や円高に局面が変われば経常黒字も伸び悩む可能性がある。また、経常黒字は円高の要因ともなるため、アベノミクスにとっては逆風を招きかねない面もある。
「投資」と「旅行」で黒字をたたき出す構造
貿易収支の赤字幅は6434億円と、前年の10兆4016億円から16分の1に縮小した。東日本大震災による原発稼働停止に伴い、火力発電用の燃料輸入の増加で貿易赤字が拡大を続けていたが、2015年は原油価格が前年から5割近くも下がり、原油や液化天然ガスを中心に輸入額が10.3%減少したことが効いた。一方、企業が生産拠点を海外に移したため、円安でも輸出は伸びにくくなり、輸出額は1.5%増にとどまった。今後も貿易で稼ぐ日本経済の復活は難しいようだ。
一方、企業の知的財産権などの使用料、海外子会社から得られる配当、海外有価証券への投資などの収支(第1次所得収支)は、黒字が前年比2兆6563億円増の20兆7767億円と、3年連続で過去最大を更新し、投資が「稼ぎ頭」の地位を貿易から完全に奪っていることを改めて印象づけた。
もう一つ、旅行収支が、前年の441億円の赤字から一転、1兆1217億円と1962年以来の黒字に転換した。円安などで訪日外国人旅行者数が前年比47%増の1973万人と過去最高を更新したためだ。観光庁によると、2015年に訪日客が使ったお金は、前年比7割増の3.4兆円。これは半導体などの電子部品や自動車部品の輸出額に相当する額だ。
アベノミクスにとっては「両刃の剣」の可能性
経常黒字は今後も拡大するのだろうか。今回の黒字は、東日本大震災前の2010年の約17兆円という水準をほぼ回復したことになる。しかし、2015年の貿易赤字額の減少分9.7兆円のうち、原油値下がりの効果が5.6兆円を占めている。ここまで下がり続けた原油もほぼ底値とみられるだけに、貿易赤字が減り続けるとは期待しにくい。訪日外国人の増加も円安頼みの側面があり、中国経済の先行き不透明感もあって、2015年のような勢いが続く保証はない。
投資のリターンである2015年の「第1次所得黒字」については、増加額2.6兆円のうち「約2兆円は円安要因」(エコノミスト)とされる。やはり円安から円高に流れが変われば、伸びが鈍化しかねない。
一方で、経常黒字自体が円高を招く懸念については見落とされがちだ。かつての日米貿易摩擦の時代のように、貿易黒字を稼ぎまくった結果として円高圧力が高まるような事態は想像しにくい。しかし、経常収支の悪化という近年の流れで円を売っていた海外のファンドのなかには、黒字拡大で円買いに転じる動きが見られるという。「日銀が金融緩和で円安に誘導しようとしても、経常黒字拡大からくる円高圧力にどこまで対抗できるか」(全国紙経済部デスク)との声もある。
国の稼ぐ力は強めなければいけないが、それで円高になるのも困る。円安を最大の支えにするアベノミクスにとって、経常黒字の拡大は諸刃の剣なのかもしれない。