国境の長いトンネルを抜けると雪国であった――川端康成『雪国』のあまりにも有名な書き出しだが、それを実体験できるとは思わなかった。約11キロにわたる関越トンネルを抜け、群馬県から新潟県に入ると、路肩に積もる雪の量が目に見えて増えたのだ。
「これでも、今年はまだ全然積もっていない方ですよ。例年の3分の1くらい」
東京都心ではまず見られない「銀世界」に驚く記者に、NEXCO東日本・新潟支社湯沢管理事務所の後藤真副所長、山村義雄副所長の2人は「これでようやく、新潟らしくなってきたといったところでしょうか」と冗談交じりに解説する。
規制速度を守るのがまず一番!
地元の人には「まだまだ」なのかもしれないが、雪に日ごろ慣れていないドライバーが何の備えもなく、これほどの雪道に遭遇したら、はたしてどうなるか――。
冬場は交通量が減るにもかかわらず、交通事故件数・通行止めが多くなる季節だ。特に2014年度には、月別交通事故件数が多かった月のワースト4を、12月・1月・2月・3月が占めた(NEXCO東日本 新潟支社調べ)。
こうした交通事故を防ぐため、そして万が一ドライバーが交通事故に遭遇した時のため、NEXCO東日本ではさまざまな対策、そして設備を用意している。J-CASTニュース編集部は今回、新潟に赴き、湯沢管理事務所を取材した。
2月初旬。記者を面食らわせた新潟の雪は、昼ごろはまだちらちらと舞う程度だったが、日が暮れるとともに強さを増した。当初はアスファルトが露わだった路面も、夕方頃にはうっすらと白く。規制速度が時速50キロに引き下げられた時間帯もあった。
後藤副所長の運転で50キロ走行をしていると、雪煙を巻き上げながら、追越車線を一台のトラックが抜き去っていった。80キロ近くは出ているだろうか。後部座席で、雪道の交通事故を解説してくれていた山村副所長の顔が曇る。
「50キロの規制速度は、本当に守ってほしいですね。このスピードなら、ハンドルを取られたり、ブレーキが利かなかったりということもないのですが......」
交通事故に遭ったらとにかく車から離れる
実際、雪に伴う交通事故の多くは、スピードの出し過ぎによりハンドルを取られる、あるいはブレーキが利かなくなるなどして、車の制御を失うものだという。先を急ぐ身には煩わしいが、50キロ規制は決して理由のない話ではない。
では、もし交通事故に遭ってしまったときはどうすればいいか。山村副所長の説明をまとめると、以下の通りだ。
まずは、ハザードランプを点灯させ、車を路肩に停める。発炎筒や三角停止板で事故車の存在を知らせた上で、とにかく「車から出て、ガードレールの外など安全な場所に逃げる」ことが大切だ。この季節、その路肩は雪に埋もれているのがつらいところだが、雪をかきわけ、よじ登ってでも、車・道路から離れないと、後続車に追突される、轢かれるなどの危険がある。
その上で、1キロ置き(トンネル内は200メートル)に設置されている非常電話を探そう。非常電話は受話器を取ればすぐに道路管制センターにつながるので、係員の指示に従って状況を説明すればよい。たとえば交通事故の場合は、(1)怪我人の有無やその人数・状況(2)事故を起こした車両の台数と停止位置(3)レッカー車は必要かどうか――といった内容を伝えることになる。そのほか、状況に応じて警察やレッカー会社などに電話を転送してもらうこともできる。携帯電話からでも、「#9910」から道路管制センターに通報可能だ。
チェーン着脱場に激しく降る雪
さて、雪道対策といえば「チェーン」を思い浮かべる方も多いかもしれないが、最近ではスタッドレスタイヤの普及もあって、その利用率はかなり下がっている。
「とはいえ、スタッドレスタイヤの性能を過信しすぎるのも禁物です。スピードを出し過ぎていると、CMのようにはぴたりとは止まってくれません」
後藤副所長は苦笑いしつつ、重ねて安全運転の大切さを強調する。
そのチェーンだが、関越トンネルでは金属チェーンを装着したままの走行はNG(非金属チェーンでの走行はOK)。雪のないトンネル内を長時間走っていると、チェーンが切れたり外れたりして、車軸に絡まったり、後続車にぶつかる危険性があるからだ。そのため、トンネルの出入り口にはパーキングエリアと併設する形で着脱場があり、ここでいったんチェーンを外す(あるいは着け直す)ことになる。
関越トンネルの裏側に潜入
今回はさらに、トンネルで交通事故に見舞われた時の対策を知るため、関越トンネルの「避難坑」に特別に入らせてもらった。
関越トンネルは1985年に現在の下り線が対面通行で、91年に上り線がそれぞれ開通した。完成当時は道路トンネルとして日本最長(現在は首都高速 山手トンネルに続く第2位)を誇り、世界でも屈指である。それだけに、「万が一」への対策が、いたるところに盛り込まれている。
その象徴ともいえるのが、本線と並行して走っている避難坑である。
本線と同じく長さ約11キロ。非常時や点検などにしか使われないにもかかわらず、乗用車2台がすれ違えるだけの広さがある。上りは約700メートル、下りは約350メートルおきに、ここへとつながる非常口が設けられている。トンネル内で大きな交通事故や火災に見舞われた場合、この非常口から避難坑に逃げ込むことになる。避難坑に出ると非常電話があるので、上記の要領で道路管制センターに通報しよう。幸い、開通からの30年余り、この避難坑からドライバーが脱出しなくてはならないような事態は起こっていないそうだ。
なお、この避難坑はトンネル内の換気などを行う各種設備にもつながっている。これらバックヤード部分も含めると、その総延長は実に約40キロ! およそ2時間をかけて案内してもらったが、その全貌はとてもではないがうかがい知れなかった。湯沢に赴任して約2年近くの後藤副所長でさえ、「膨大な設備ひとつひとつ全てを自分の目で確認するにはまだこれから」という。
ドライバーの側の意識も大切
関越トンネルを支える各種設備もそうだが、「交通事故が起こったときどうするか」以上に大切なのが、「交通事故を起こさないためにどうするか」という問題だ。NEXCO東日本では、雪が原因となる交通事故を防ぐため、日々対策に注力している。
たとえば、除雪トラックや凍結防止剤散布車などをはじめとする、各種の雪氷車両がその一つだ。湯沢管理事務所だけでも実に約120台の雪氷車両が配備されており、雪氷対策本部からの指示に基づき、路面を安全な状態に保っている。
「実は、一番多く受けるクレームが除雪車がらみなんです。『大して雪も降っていないのに、なんで除雪車なんか走らせているんだ』と......」(後藤副所長)
実際には、その先の道路状況や天候など、さまざまな条件を判断して除雪車の運用は行われている。「あくまで高速道路の安全を確保するため走っているということを、わかっていただきたいのですが」と後藤副所長はぽつり。
除雪車への理解も含め、NEXCO東日本をはじめとする関係者がどれだけ高速道路の安全のため努力をしても、肝心のドライバー側の意識が付いていかなければ、交通事故は減らすことができない。この日の取材中にも、関越トンネル周辺で車両トラブルが起こり、一時通行止めになる場面があった。雪が予想される地域に出かける際には、事前にNEXCO東日本のウェブサイト(ドラぷら)、また掲載されている啓発コンテンツ「マンモシ博士の冬の高速道路講座」などをチェックし、十分な備えを取りたい。