いわゆる従軍慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」したとする日韓の合意が、新たな局面を迎えている。ソウル郊外にある「ナヌムの家」のような集合施設ではなく、ばらばらに暮らしている元慰安婦の女性に対して韓国政府がヒヤリングを行ったところ、大半が合意に肯定的な反応を示したというのだ。
これに加えて、日本側が拠出する10億円が、追悼施設の運営ではなく、「慰労金」といった形で元慰安婦の女性に直接支出される方向だとも報じられた。こういった方針は合意の履行を後押しする可能性もあるが、韓国メディアの中には、元慰安婦間の「分断工作」だとして批判的な論調も出ている。
14人が合意に肯定的で、4人が否定的
韓国政府が元慰安婦として認定している女性は計238人で、そのうち46人が生存している。46人のうち42人が韓国、1人が日本、3人が中国に住んでいる。すでに韓国政府は合意翌日の15年12月29日、第1次官が挺対協の施設、第2次官がソウル郊外の施設「ナヌムの家」にそれぞれ出向き、計14人に対して合意の内容について説明している。今回はそれ以外の元慰安婦に対して合意内容を説明した。
韓国メディアが16年2月4日に報じたところによると、韓国外務省は1月11日から3週間をかけて韓国国内の18人からヒヤリングすることができた。そのうち14人が合意に肯定的で、4人が否定的な反応を示したという。
肯定的な意見では(1)政府の決定に従う(2)日本政府が拠出を決めた10億円を個人への補償にあてることを希望する、といった声が出た。合意撤回を主張している市民団体、挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)への拒否感を示したり、慰安婦像の問題で合意が履行できず、補償が受けられなくなることを懸念する人もいたという。
否定的な意見では、(1)首相の直接謝罪が必要(2)日本大使館の慰安婦像の移転は不適切(3)「最終的かつ不可逆的」という文言に反対、といったものがあった。
日韓の合意では、韓国政府が財団を設立し、その財団に日本政府が10億円を拠出する。こういった措置を通じて、
「日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う」
ことを表明していた。韓国政府が考える「事業」の具体的な内容も明らかになりつつある。
10億円は「介護サポート、医療費支援、慰労金」として元慰安婦に支出
ハンギョレ新聞は、韓国政府が元慰安婦に個別のメリットがある「純粋支援費」を中心に支出する方針を固めたと報じた。外務省当局者は同紙に対して、10億円は、
「介護サポート、医療費支援、慰労金」
といった形で元慰安婦の女性に直接支出され、追悼・記念事業への支出については、
「元慰安婦の女性個々人にメリットがないようだ」
として否定的な見解を示したという。こういった方針については、ハンギョレ新聞は、
「財団設立はもちろん、運営事業資金の大部分を韓国側が支出しなければならなくなり、合意の趣旨に反するという指摘も出そうだ」
と懸念を示している。12月29日に「ナヌムの家」で韓国政府が行った説明では、事業の一環として記念館を設立する方向性を示していた。だが、日本側が拠出した10億円が元慰安婦に直接支出される以上、記念館は韓国側の費用で設置・運営せざるを得なくなる、という訳だ。
日本側が内部分裂を煽るための「慰労金カード」を取り出した、という主張も
韓国日報は、今回のヒヤリング対象が存命中の人の半分に過ぎないことや、支援団体の施設に入居している人の声を事実上排除したことから、
「結果的に内部分裂をあおる調査になったのではないかという指摘が出ている」
と報じた。この支援を受けることは、日本政府の法的責任を追及したり、直接的な賠償金を要求したりできなくなることを意味する。そのため、挺対協をはじめとした団体の求心力が低下するとして、
「慰安婦の間でも支援金を受け取る側と拒否する側との内部分裂が浮上する可能性も排除できない」
とも指摘。日本側が内部分裂を煽るための「慰労金カード」を取り出した、という「日本黒幕説」に近い議論を展開している。