2016年1月24日、大相撲初場所で大関の琴奨菊が優勝し、メディアは大騒ぎだった。この異常さに、実は日本相撲協会が慌てたという。
琴奨菊が3横綱に勝つたびに、メディアは「10年ぶりの日本出身力士の優勝へ」「モンゴル勢をついに下すのか」などと報道され、14日目が終わり、あと1勝、となったときは最高潮に達した。そのニュアンスが外国人力士へのうっぷん晴らしに思えたことは否めなかった。
「ストップ・ザ・モンゴル」
「優勝って、こんなに世界が変わるのか、と思った」
優勝の翌日、琴奨菊はこんな感想を語った。千秋楽に勝って14勝1敗で優勝を決めてからは、まるで別世界に入り込んだ。初の天皇賜杯、記者会見、深夜までのテレビ出演。同じ質問をどこでも受け、同じ答えをする。世界が変わったというのが実感だろう。
確かに、06年初場所で大関栃東が優勝してからは、モンゴル力士ら外国人力士がずっと優勝していた。この間、白鵬35回、朝青龍(引退)10回、日馬富士7回などが含まれている。鶴竜、旭天鵬(引退)、照ノ富士を加えるとモンゴル力士は6人。ほかにブルガリアの琴欧洲、エストニアの把瑠都(ともに引退)がいた。
こんな状況から「ストップ・ザ・モンゴル」が旗印になった感がある。日本出身力士へのいらだちと同時に、日本対モンゴルの構図になった。こうした構図は場所が盛り上がる大きな要素で、それをメディアが引っ張った。
琴奨菊は「10年ぶり」の質問に対して言葉を選んだようだった。
「私の初優勝がたまたま日本出身力士の10年ぶりの優勝だったということです」
小錦の横綱昇進問題では「外国人差別」が浮上
一方、日本対モンゴルの見立てに、白鵬は神経をとがらせていたという。「10年ぶり」についてこう語っている。
「(自分は)10年間に35回も優勝し、大相撲を引っ張ってきた実績がある」
栃東優勝の後、朝青龍が引退するまで2人で24場所中22場所も優勝している。その後も、白鵬は15場所も一人横綱として各界を支えた。その自負がコメントに表れたのだろう。
八角理事長も異様な雰囲気に慌てた。それがこの言葉だ。
「出身にかかわらず、頑張った者が優勝する」
かつてハワイ出身の小錦が、横綱昇進できなかったことに関連して、差別があったと受け取られるような発言をした、として騒ぎになった。理事長としては、外国人力士に支えられている大相撲の現状を思えば、二の舞は絶対に避けなければならないことで、火消しに回ったともいえる。
間もなく32歳になる琴奨菊の初優勝は初土俵から66場所目。大関昇進後、ケガと5度のカド番を経ているだけに、予想外の出来事といえた。聞くところによれば、専属トレーナーとのコンビで半年にわたって独自トレーニングをしたという。
「琴奨菊関の押す力はおそらく世界一。ただ腕の力だけではそれが出ない。下半身を使えば実力を発揮できる」
テレビで塩田トレーナーは、そう語り、タイヤを使うなどの鍛錬で持ち前の推す力が全開したと分析している。
(敬称略 スポーツジャーナリスト・菅谷 齊)