株価下落が止まらないなか、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド、SWF)による日本株の売り観測が広がっている。
SWFは、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ投資庁やシンガポールのテマセク・ホールディングス、ノルウェー政府年金基金、サウジアラビア通貨庁、中国投資有限責任公司などが有名だ。一時は日本の大手企業の大株主に名を連ねていたが、その多くが消えているという。
15年の日本株、海外勢は7年ぶりの売り越し
東京証券取引所が2016年1月7日に発表した15年1月5日~12月30日の投資部門別株式売買動向によると、海外投資家は日本株を2509億円も売り越した。海外勢が年間を通じて日本株を売り越すのはリーマン・ショックのあった2008年以来7年ぶりのことだ。
2015年の海外勢は、1月に8000億円を超えて売り越した後、2~5月は買い越し、6~9月は売り越し、10~11月は再度買い越した。しかし、8~9月の2か月で3兆7355億円を売り越し。9月の月間売越額の2兆5772億円は、ブラックマンデーのあった1987年10月を抜き、過去最高を記録した。中国株の暴落に揺れた夏場の歴史的な売りが、年間ベースでも尾を引いたとみられる。
こうした海外勢の「日本株売り」の背景に、中東や中国の政府系ファンドがいるということのようだ。
政府や中央銀行など国営や公的機関が運用している政府系ファンド(SWF)には、サウジアラビアやUAEなどのように原油や天然ガスで得た利益を原資とするファンドと、中国やシンガポールなどのように外貨準備高を運用原資とするファンドがある。
なかでも2007年前後に起った世界的な資源価格の急騰を背景に、ロシアやクウェート、カタールなどの原油供給国によるファンドが増加。その運用金額が急増したことで世界的に株式市場への影響力が高まった。
最近、「日本株売り」が目立つとされるのは、こうしたサウジアラビアなどの原油の輸出収入に依存しているSWF。原油相場が1バレル30ドルの節目の水準を割り込んだことで原油収入が減少。それにより経済成長が鈍化し、自国の財政もひっ迫、政府が現金を捻出するためにSWFの資産を売却したりしているとされる。
これまで原油高の追い風に投資先を拡大、利益を得てきた原油産出国のSWFがいま、その富を取り崩しはじめているわけだ。経済の先行き不透明感から、株価水準が高いうちに売却して利益を得ようという狙いもある。
ただ、こうした動きが加速すれば、さらに株価を押し下げるかもしれない。
原油安で手元資金が減少、ファンドから取り崩し
個別銘柄をみると、たとえばサウジアラビアのSWFの「SAJAP」は、2014年3月末時点で3552万株を保有していたマツダ株を、15年3月末までに一気に2842万株を売って、710万株に減らした。また、スルガ銀行株は483万株から24万株を売却。15年3月末は458万株となった。ナブテスコ株も15年3月末には251万株あったが、わずか半年後の9月末には192万株に減らした。
一方、原油での利益を運用原資にしていない中国のSWF「OD05」は、2008年ごろからトヨタ自動車やホンダ、ソニーなど多くの日本企業の大株主に名を連ねていたが、15年3月末までにほぼ姿を消したという。
ピークの12年度末には167社、時価総額(推定)で約4兆円を保有していたが、2013年ごろから大株主から消えたり、保有株を減らしたりするケースが増加。「OD05」の動向を分析してきた、ちばぎん証券顧問の安藤富士男氏は、「15年12月末時点でわかっているは、イビデンやアルパイン、サマンサタバサなど6銘柄だけ」で、時価総額は推定で500億円程度まで減ったとみている。
現在保有しているイビデン株も、ピーク時の14年9月末には672万株を保有する筆頭株主だったが、それを1年後の15年9月末には515万株まで減らした(株主順位は第5位)。安藤氏は、「中国の外貨準備高の減少とともに減らしてきています」と説明する。
たしかに、中東や中国のSWFが投資した資金を続々と取り崩しているようだ。
第一生命経済研究所・経済調査部の主任エコノミスト、藤代宏一氏は、「1月18日時点で、騰落レシオが売られすぎの目安となる70を大きく下回る『58.9』となる、異例の低水準にあります」と指摘。「2000年以降で騰落レシオが60を割り込んだ局面は今回以外にわずか6回(23営業日)しかなく、それらの大半はITバブルやリーマン・ショックという世界的な株価の下落局面にみられたものです」と話す。
かなり危機的な状況のように思えるが、藤代氏によるとまだ、そこまで追い込まれてはいないようだ。藤代氏は「SWFが日本株を売り進める心配はありますが、ファンドによる『暴落危機』というのは言い過ぎ。日本株は利益確定売りのターゲットになってしまっただけです」とみている。
現在の株式市場は、「むしろライブドア・ショック後の2006年6月に近い状況で、当時が再現されるならば、株価は近いうちに急速に回復することが見込まれます」と話す。
個人投資家にとっては、そうあってほしいと祈るばかりだ。