政府が2015年末にまとめた、環太平洋経済連携協定(TPP)の発効に伴う経済効果の試算について、疑問視する声が出ている。
貿易拡大による生産性の向上で、国内総生産(GDP)を実質的に約14兆円(2.59%)押し上げ、80万人の新規雇用を生むと見込む試算なのだが、農林水産物に関して、安価な輸入品が流入しても、生産額は現在の約6兆8000億円から最大2100億円の減少にとどまるとの分析が、特に甘いという指摘が多い。
農業生産額の低下は2100億円にとどまる?
試算は、関税の撤廃・削減、貿易手続きの円滑化などにより、2014年度を基準年とし、発効から10~20年後にGDPがどう変化するかを弾いた。政府はTPP交渉入りに際して2013年3月に、TPPの経済効果を3.2兆円とする試算を発表したが、今回は4倍以上に上方修正した。前回試算は関税撤廃の効果だけを織り込んでいたが、今回は、投資やサービスの規制緩和などが進み、貿易拡大や企業の海外進出が進むことなどを考慮したほか、農林水産業は国内対策で影響を押さえられるとした。
具体的には、日本からの輸出や、国内で投資する企業が増えることにより、GDPがそれぞれ約3兆円分ずつ押し上げられ、民間の消費活発化でも8.3兆円分のGDPが押し上げられ、雇用も79.5万人増える――などと弾いた。全体でGDP2.59%押し上げの内訳(寄与度)は、プラスに働くのが輸出0.60%、政府消費0.43%、投資0.57%、民間消費1.59%。一方、関税撤廃・削減で輸入が増える分は0.61%の押し下げ要因としている。
試算で、特に評判が悪いのが農林水産業だ。前回試算は全関税の撤廃を前提にしたことから大きなマイナスになっていたが、今回は15年10月の合意の通り、農産物の81%の関税がなくなる前提で、関税削減相当分だけ価格が低下、和牛や銘柄豚など競合しないものはその半分だけ低下するなどとした。コメについては輸入増に相当する分を政府が買うため影響はないとした。これらを合わせると、生産額の低下は1300億から最大でも2100億円にとどまると推計している。
また、前回試算より減ったとはいえ、「引き続き生産や農業所得が確保され、国内生産量が維持される」と強調する。生産設備集約や機械化の進展によるコスト削減、高付加価値化など国内対策の効果を見込み、もし想定より経営が悪化した場合は所得補償などの経営安定対策を実施する、と政府は説明する。
読売新聞でさえ「甘い見通し」
こうした政府の説明は、かなり苦しい。試算は、農産品の輸入増加は見込むのに、輸出増は見込んでいない。とすると、国内に増える内外の農産品はどこに行くのか。輸入増などで価格の下落も進むはずで、これでも生産量も所得も維持するとなると、農業の競争力を大きく高めなければならない。
現実的に考えれば、競争力のない農家は廃業して力のある農家に農地を集約するか、廃業しない農家でも、規模の大きくないところは利益が出やすい作物への転換などが避けられないが、高齢化が進む中で、体質強化が目論見通り進む保証はない。
コメの消費量についても、コメ離れと人口減少で長期低落が続いているのに、こうした影響は考慮していないなど、自民党農林族からも「(試算は)強気すぎる」との声が聞こえる。
民間からも、鈴木宣弘・東大大学院教授(農業経済学)が政府の試算に反論して独自の試算を15年末に発表。政府が前回試算で、関税が撤廃された場合の生産減少額として、鶏肉990億円、鶏卵1,100億円、落花生100億円、合板・水産物で3,000億円などとしていたのが、今回は、これらの品目が全面的関税撤廃という前回と同じ条件なのに、「影響は軽微」としていることなどを挙げて「まったく説明がつかない」と指摘。TPPの関税撤廃・削減で、国内の農林水産物の生産額が1兆円超減ると弾いている。
各メディアの報道も、安倍内閣支持の論調が強い「読売新聞」でさえ、「TPP効果 甘い見通し」(15年12月25日付け)と報じるなど、疑問を呈する記事が目立っている。