韓国人の容疑者が自ら日本に再入国したことで逮捕され、日韓の外交摩擦は避けられたかに見えた靖国神社の爆発音事件は、思わぬ形で日韓の応酬が続いている。逮捕後に容疑者のフルネームや写真が報じられたことを韓国政府が問題視し、日本政府に抗議したためだ。
今回のような報じ方は日本の事件報道ではきわめて一般的だが、抗議をきっかけに、韓国メディアでも日本メディアの対応を疑問視する論調が相次いでいる。今回の事件を機に「右翼が『嫌韓』を煽っている」という主張も展開されている。
韓国の主要メディアは「全某氏」と名字のみ報じる
逮捕されたのは韓国人の全昶漢(チョン・チャンハン)容疑者(27)。警視庁は逮捕を2015年12月9日に発表し、各紙は同日の夕刊でいっせいに報じた。翌12月10日にかけて、全容疑者が移送される様子も報じられた。
一方、韓国の主要メディアは「全某氏」といった具合に名字のみ報じ、フルネームの使用は避けた。全容疑者の移送時の映像も、顔にぼかしを入れて放送した。
複数の韓国メディアによると、趙俊赫(チョ・ジュンヒョク)報道官は12月10日の記者会見で、
「(全容疑者の)身元や顔写真、名前が公開されたことについて、今朝、外交ルートを通じて日本側に抗議した」
と述べた。
菅義偉官房長官は、12月10日夕方の記者会見で抗議の事実について確認されると、
「そこについては承知していない。いずれにせよ警察が特別、顔写真を提供したということはまったくない。メディアの人たちが勝手にやったのではないか。政府は全く関与していない」
と突き放した。菅氏が指摘したように、容疑者の写真や映像は、麹町署から移送される様子を報道各社が撮影したもので、韓国側の主張は「顔写真が公開された」という部分は誤りだ。
韓国メディア「嫌韓の流れに火をつけようとしている」
この抗議をきっかけに、この問題が日韓間の火種になる可能性も指摘されている。KBSテレビは、
「一部では靖国神社問題が日韓の国民感情の上で非常に敏感な事案であるだけに、今後の捜査の進展が両国の世論に大きな影響を与える可能性も指摘されている」
と報じた。日本での実名報道についても、
「専門家は、容疑者の報道について両国間の慣行の違いはあるが、日本側の対応に問題があるという立場」
と批判的だ。その根拠のひとつとして、
「日本では、日々の出来事・事故のニュースを伝える時、韓国とは違い容疑者の身元を公開するのが慣行。だが、全氏は韓国人であり、韓国では容疑者の身元公開に慎重であるという点を考慮する必要がある」
などとする識者のコメントを報じた。
YTNテレビでは、国際部の記者が、全容疑者は過去に歴史問題や靖国神社に抗議する団体に加入した経験もなく、11月の事件時に初めて来日したことを指摘。その上で、
「しかし、日本のマスコミは警察からリークされた供述内容などを実名とともに報じ、事実上、全氏を犯人だと断定する雰囲気だ」
「特に、いくつかの右翼勢力は、全氏の単独犯行ではなく背後に共犯がいると主張し、嫌韓の流れに火をつけようとしている」
と独自の解釈をしている。