前回の本コラムで書いた軽減税率の自公間協議がようやく終わろうとしている。争点となっていたのは軽減税率をどこまで対象とするかであり、その必要財源について「政治的には4000億円に増額調整が加えられて、自公間では決着するだろう」と書いたが、1兆円規模というから、内容としては公明党の要求の丸呑みである。公明党の後ろにいる官邸が自民党・財務省を押し切った。
4000億円なら食品のうち生鮮食品のみ、1兆円ならそれに加工食品まで含めるということだ。政治家同士の話なので、軽減税率の対象に「梅干しやノリ、豆腐、納豆が含まれないのはおかしい」という、朝食の定番メニューを例にして加工食品を適用すべしとのやりとりがあったようだ。
新聞への軽減税率の適用は絶望的
ところで、新聞への軽減税率の適用は絶望的である。かつては、「米、味噌、醤油、新聞」とやはり朝の食卓風景の一角で、新聞を軽減税率対象にするとのスローガンがあったが、今回の話は「米、味噌、醤油」までだ。
これで、これまで軽減税率を受けたいがために、消費増税に賛成していた新聞の論調がどうなるのかが見ものである。
軽減税率については、低所得者以外も恩恵が及び、消費税税収が減るなどの問題点がいわれている。その批判はもっともであるが、日本では確定申告者数が少なく、税務申告時に給付・還付を行いにくいという事情もあるので、軽減税率でもやむを得ない面もある。公明党は、そうした批判を承知しつつ、納税者の分かりやすさや手間を考慮して、選挙で軽減税率を訴えてきた。
また、軽減税率の問題を指摘する人の多くが、2017年4月からの消費再増税に前のめりなのは気になるところだ。
ただ、軽減税率にかかわる懸念は、その消費再増税がないなら、杞憂となる。筆者の見立てでは、その方向になりつつある。
選挙対策上からも「延期」やりやすい
一つには、民主党の枝野幹事長が、軽減税率の導入について「明確に民主、自民、公明の3党合意が破棄されたと言わざるを得ない」と述べ、消費増税に反対する意向なのだ。
3党合意をよく読めば、軽減税率の導入がそれに反しているとはいえない。政治合意文章は、融通無碍に書いてあるからだ。にもかかわらず、枝野幹事長がそういう主張をするのは、消費増税で先手を打ちたいからだ。軽減税率での自公間協議の中、消費増税延期で来16年7月に衆参ダブル選挙という噂が流れた。昨14年の総選挙で、民主党の海江田代表(当時)は当初消費増税賛成といったが、慌てて取り消して、ぶれまくり、結局惨敗したトラウマがあるのだろう。
GDP統計の改定で、2期連続マイナス成長は免れたものの、消費低迷によってGDPがさえないのは事実だ。しかも、補正予算は3兆円余で力不足だ。こうした状態だと、これまで消費増税を主張していた新聞も今後ゆっくりと意見を変えていくだろう。
そう考えると、今回の軽減税率の政治決着は絶妙だ。まず新聞を対象としないので、新聞が、消費増税延期に世論を向けやすい。またかなりの減収になるので、財政当局から見ても「消費増税延期でもやむなし」になりやすい。さらに、野党からの消費増税延期発言を引き出し、選挙対策上からも消費増税延期をやりやすい。
こうした点を踏まえると、今回の軽減税率の政治決着から、2017年4月からの消費増税はかなり可能性がなくなったことが見えてくる。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)、「世界のニュースがわかる!図解 地政学入門」(あさ出版)など。