ガスを利用した家庭用コージェネレーション(熱電併給)設備が発する低周波音で健康被害を訴えるケースが後を絶たず、国も2015年から本格的な調査に乗り出した。電気を使った「エコキュート」でも同じような被害は指摘されてきたが、ガスのほうが被害が大きいとの指摘もある。
今回問題になっているのは、「エネファーム」や「エコウィル」などの名前で知られる設備。そもそも低周波音というのは、人の耳では聞き取りにくい100ヘルツ以下の低い音で、個人差があるものの、頭痛や耳鳴り、不眠などの健康被害を感じる人がいることがわかっている。
「わずか2か月半で体重が7キロ減少した」
東京都練馬区に住む会社員の男性(51)は2015年11月30日に開いた記者会見で、隣の家が設置したガス給湯器のエネファームから出る低周波音で健康被害が出たとして、隣人に使用の差し止めを求めるとともに、製造元などに損害賠償の支払いを求める裁判を起こした。
男性は「頭が痛いし、耳鳴りになってしまうし、気持ちが悪くなったりする」と主張。「(家に)帰るのが嫌になったりする」という。
ガス給湯器のエネファームやエコウィルは、室外機が稼働すると振動や騒音だけでなく、低周波も発生するとされ、これまでも隣人が不眠症や自律神経失調症を訴え、トラブルになるケースが起こっている。
インターネット上には、「我が家の低周波音被害」という被害者がつくったウェブサイトも存在。2011年ごろから、エネファームなどが出す振動や低周波音が原因とされる健康被害について、被害者の声が寄せられている。
それによると、「そんなに大きくはないけれども不快な騒音のため庭に出るのも憂鬱になった」「運転がはじまってから室内に耳慣れぬ音がして、夜も昼も間断なくその音は聞こえるようになりました」とされ、そうした状況が続いた結果、「わずか2か月半で体重が7キロ減少した」「夜、眠れなくなり、うつ状態になりそう」「めまいや胸の圧迫感、動悸、手足のしびれなどいろいろな症状が起った」といった被害状況が報告されている。
エネファームやエコウィルをめぐっては、こうした健康被害の申し出が相次いでいることから、消費者庁の消費者安全調査委員会が2015年11月27日、運転音や振動と症状との関連を調査することを決めた。
2012年から10月末までに消費者庁に寄せられた健康被害などの相談件数は、エネファームが24件、エコウィルが5件、不明3件で、調査委員会は今後1年をめどに調査結果をまとめる。
ガス製品メーカーで組織する日本ガス協会は、「製品と低周波による健康被害との因果関係はわかりません。消費者庁から依頼があれば調査に協力していきたい」と話している。
「電気」の教訓が「ガス」に生かされなかった?
ガス給湯器のエネファームやエコウィル、電気を利用したエコキュートは、一般家庭で月々数千~1万円程度の光熱費が削減できるとされ、自然環境保護や省エネを背景に右肩上がりで増えている。
エネファームは、2015年9月末までの累計販売台数が約14万3000台。ガスエンジンを使うエコウィルは14年3月末時点の累計出荷台数が約13万8000台にのぼる。なかでもエネファームは東日本大震災後の東京電力福島第1原発事故に伴う「電力離れ」の影響もあって、12年度は前年度比82.1%増と急増。13年度も36.8%増、14年度が13.4%増と台数を伸ばしている。
一方、エコキュートは15年10月末時点で486万台と格段に多い。じつは低周波音をめぐっては、2011~12年にかけて、前橋地裁や横浜地裁、名古屋地裁でエコキュートの製造元を相手に訴訟が相次ぎ、すでに一部で和解が成立。14年12月には消費者庁が「健康症状の発生に関与している可能性がある」として経済産業省などに対策を講じるよう求めている。
NPO法人「 STOP!低周波音被害」がまとめた、低周波音被害の騒音源となる家庭用機器の内訳によると、全体(147件)のうち、エコキュートが45%、エネファームやエコウィルなどのガス給湯器が18%と、家庭用コージェネレーション設備だけで63%にものぼる(15年6月末現在)。
また、低周波音の被害者がとった自衛手段(167件、15年10月現在)の9%が避難や転居で自宅を離れることを選択。外泊などが11%、睡眠薬の服用や寝室の移動などで日々の生活に耐えているケースが46%を占めている。
「STOP!低周波音被害」の門川万里子理事長は、「エコキュートの低周波音被害の教訓が、後発のエネファームにまったく生かされなかった」と嘆く。そのうえで、「エネファームの普及台数に対する被害発生率はエコキュートのそれよりも格段に高く、被害もより深刻。その被害相談も多くなっています。ただ、被害解決もまた非常にむずかしくなっています」と話す。
エネファームの所有者が隣人のケースがほとんどのため、「生活騒音」と混同されたり、人によっては「聞こえない」ことを理由に健康被害の原因を別に求められたりするなど、周囲の理解が進まないのが実態のようだ。