東芝の不適切会計問題で、同社は西田厚聡氏ら歴代3社長を含む旧経営陣5人を相手取り、3億円の損害賠償を求める訴えを2015年11月7日、東京地裁に起こした。同社は同時に、2008年度以降の巨額の利益水増しをただした結果、税引き前損益で累計2248億円の下方修正を迫られた。
現場の事業部門に「チャレンジ」と呼ばれる過度な収益改善要求を行い、利益水増しを招いた歴代社長らの責任を法廷の場で問うことにより、東芝は一定のケジメをつけたとも言える。しかし、訴えの内容を細かく見ると、「身内に対する甘さ」が浮かび上がる。
個人的な利益図っていない「事情を考慮」
東芝が提訴に踏み切ったのは、株主の怒りに背中を押された側面が大きい。同社の個人株主は2015年9月、歴代経営陣28人に総額10憶円の損害賠償訴訟を起こすよう東芝に請求。請求から60日以内に東芝が提訴に踏み切らない場合、株主は「株主代表訴訟」を起こすことが可能になり、経営陣への賠償訴訟が避けられない情勢になっていた。この「60日以内」の期限が11月8日だったので、まさにギリギリで滑り込んだわけだ。
株主の請求を受けて、東芝は法曹関係者による「役員責任調査委員会」(委員長は大内捷司・元札幌高裁長官)を発足させ、利益水増しのあった期間に役員を務めた98人の賠償責任の有無を検討。その結果、西田氏、佐々木則夫氏、田中久雄氏の歴代3社長と、財務担当役員2人に、民法や会社法に基づく「善管注意義務」違反があり、「市場の健全性を害する行為であり、看過されるべきものではない」として賠償責任の追及を求めた。
東芝は調査委の報告を踏まえて提訴したが、9日に公表された報告書全文を見ると、旧経営陣に対する「配慮」が随所に見られる。
報告書は歴代3社長らがパソコン事業などで過度な「チャレンジ」を迫ったり、損失計上の先送りを促したりするなどの不適切な対応を詳述する一方、「個人的利益を図ったものでも、会社に対して特別に損害を加えようと画策したものでもない」と指摘。さらにリーマンショック(2008年)、タイの水害(2011年)、東日本大震災(同)を例示しながら、「競合他社に打ち勝って収益向上を図らなければならないという厳しい事業環境の中で、会社経営の一環として行われた側面もある」との認識も示し、賠償請求額で「そのような事情を考慮する余地がある」と付言した。
事業環境が厳しければ不正は許される?
しかし、実力以上に利益を積み上げて経営者としての評価を上げ、経団連会長の座を射止めるなどの、個人的な欲求が背景になかったのか。事業環境が厳しければ、不正が許されるのか。こうした疑問を無視するような記述と言える。調査委の報告を受け、東芝は損害額を10憶円超と算出しながら、実際の請求額は「支払い能力なども考慮」して3億円に抑える「温情」まで示した。
さらに、不正関与の可能性が指摘された「関与者」が他に9人については、「歴代社長からの過大なチャレンジを受け続けたことにより、やむを得ず不適切な会計処理を容認した」「(損失先送りを)主導、決定したと認められる証拠はない」として不問にした。利益水増しがあった期間中に副社長や会長を務めた室町正志・現社長については、言及さえない。東芝は提訴に関する記者会見も開いておらず、マスコミ各社は「情報公開が不十分」などと批判している。
株主代表訴訟では、今回と同じ内容の訴えはできないものの、訴訟の対象者を広げて提訴することは可能だ。東芝の「甘い」対応を受けて、株主が室町氏ら他の新旧経営陣の責任を法廷で問う可能性は大きい。