69歳の女性がひと回り年下の男と不倫の恋に燃える――女優・岸惠子さんの自伝的小説「わりなき恋」。2人が初めて結ばれようとした時だ。「激痛が走った。固く閉じたオブジェの扉は開くことができないでただ裂けた...。自分の叫び声に自分で傷つき...笙子はもがいた」。年齢を経た女性の体の悲しみが痛いほど伝わるシーンだ。
「膣が濡れない」「狭くて硬い」――。こういう膣の不調で性交すると痛くて受け入れられない症状を「挿入障害」という。実は、笙子の悩みを解決する医療器具がある。膣ダイレーターだ。欧米では早くから広まっているが、日本では膣内に器具を挿入することに抵抗を感じる人が多く、認知度はまだ低い。
膣内に入れて締めたり緩めたり。細い物から慣らして太い物へ
日本性科学会のサイトによると、こんな器具だ。写真のように細い物から太い物まで5本あり、患者の膣の状態に応じて4本くらいを1セットとして使う。細い物から練習して、だんだん太い物に慣らしていく。日本性科学会の製品だと、長さはみな14センチだが、直径は一番細い物が16ミリ(鉛筆ほど)、太い物が30ミリ(麺ののし棒の一番細い物ほど)。材質は、プラスティックやゴムなどメーカーによって様々だ。
もともとは、がんの骨盤領域での放射線治療によって膣癒着や膣委縮を起こした人や、先天性の膣欠損症の人の治療のために開発された。また、手術によって男性から女性になった人の膣の形成を助ける治療にも使われる。しかし、一番多いのは笙子のような「挿入障害」の人々だ。年をとって硬くなった人だけではない。若い人でも辛い性体験や性への恐怖感から膣けいれんを起こしたり、ひどい性交痛を感じたりする人がいる。そんな人にも有効なのだ。
使い方はこうだ。まず医療者の診察と指導を受けて患者が自宅で行う。
1:膣ダイレーターに潤滑ゼリーを十分塗って、ベッドに横になり、やさしくゆっくりと膣に挿入する。
2:無理に奥まで入れず、その場所で挿入を止めたまま、膣筋肉の緊張とリラックスを繰り返す。つまり締めたり緩めたりするのだ。医療者によっては、止めたままではなく、中で動かすことを勧める人もいる。膣の筋肉を動かすことによって、膣内がやわらかくなり、潤いを戻す効果を狙っている。
3:膣の力が抜けたら、さらに奥にすべりこませる。膣ダイレーターを根元まで入れるために膣筋肉の緊張とリラックスを繰り返す。
4:できるだけ奥に入れたら、少なくとも10分間はそのままの状態にする。本を読んだりテレビを見たりしてリラックスすることが大事だ。膣ダイレーターがすべり出てきたら、そっと中に戻す。
5:膣ダイレーターを取り出したら、刺激の少ない石鹸と水で丁寧に洗う。
6:出血があったり、痛みを感じたり、おりものが増えたりしたら、使用をやめて医療者に相談する。
通販やアダルトグッズ店にも。くれぐれも医療者の診察・指導を
心理的な要因から性交痛に悩む「美しき30代バージン」さんが、「パートナーとの初セックス」を夢見て、日々自宅練習に励むサイトをのぞいてみた。
「少し左右に動かしたり、引いてまた入れたり、前後させたり。ちょっと怖いけど練習しました。以前より奥に押し込んだつもりだったのに、入っていたのは約3~4センチだけ」
「今回、膣の奥に挿入できているのを確認できて、私、よくここまで出来るようになったなあ、と。半年前には考えられない光景です! 膣の奥に突き当りがあるらしいけど、そこまで行ってみたい。先生曰く、膣の3センチ以降は感覚がないというけれど、本当かしらねえ」
この膣ダイレーター、専門の産婦人科クリニックでの値段は1セットで1万円から1万数千円前後。しかし、輸入品も含めて市販製品が数多く出回っており、通販では6~8千円ほどで手に入る。また、アダルトグッズショップでも通販同様の値段で売っている。いちおう「挿入障害」の改善を銘打っているが、「愛され女になるために」などと、膣の締まりを良くすると称する多くの「膣トレグッズ」の一種のような宣伝の仕方がされているのが現状だ。
女性の一番デリケートな場所に挿入する器具だ。自分に合った物を選ぶ必要があるし、とりわけ衛生面に注意しなくてはならない。日本性科学会では「使用の際は、医療者の診察・処方・指導を受けてから」と呼びかけている。