2015年6月に文部科学省が通知した、国立大学の人文社会系の縮小方針への批判がおさまらない。
人文系や教育系の大学関係者ばかりでなく、幅広い層から反発や疑問の声が続いている。
文芸誌が「批判」の大特集
11月7日発売の「文學界」(文藝春秋刊)は、特集として「『文学部不要論』を論破する」を組んだ。文芸誌がこうした特集を組むことは異例だ。同誌は、「無名の新人作家・又吉直樹」を発掘して大ベストセラー作家に育て上げ、出版ビジネスとして大成功させた実績がある。
4人の有識者のインタビューやコメントなど計38ページの企画となっているが、中でも「文科省が日本人をバカにする」というタイトルで強い声を上げているのが、「知の巨人」として知られるジャーナリスト・作家の立花隆さん(東大文学部卒)だ。立花さんは憲法23条に示された「学問の自由はこれを保障する」と明記していることをもとに、
「国家が大学のカリキュラムに口を出すべきではないし、大学の先生たちもそれを許すべきではありません」
また、文科省の「社会的要請の高い分野」への積極的転換を求める方針については、ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章さんのスーパーカミオカンデの実験を例に出して、人間の文化的活動を社会的有用性で計ることはできない、最も優れた文化活動の多くは社会的有用性がゼロだ、として
「目の前の実用性にもっぱら目を奪われ続けていると、日本はいずれ滅びます」
と強く警鐘を鳴らした。
このほか、早稲田大文学部卒で、日本の代表的なインターネット企業の一つ、IIJの会長をつとめる鈴木幸一さんらが寄稿している。
佐伯啓思さんも「異論」
6月の各大学への通知には「教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については(中略)組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」と書かれていた。このため、文科省は人文社会系学部を廃止対象に含んでいる、として非難され、ウォールストリート・ジャーナル紙など海外まで話題が広まった。
のちに文科省は、廃止という言葉は教職免許状の取得を卒業要件としない「ゼロ免課程」にかかるものであり、人文社会系学部を廃止するつもりはない、として誤解だと釈明したが、通知の撤回は行っていない。
真っ先に「人文・社会科学の軽視は大学教育全体を底の浅いものにしかねない」と反発の声を上げたのが日本学術会議会長の大西隆さんだ。文科省の釈明を受けて個人としては通知を理解したとしながらも、
「通知は国が決定した文書であり内容は重い。文科省は誤解を生まないようもっと国民に広く説明すべきだ」
と8月の産経新聞のインタビューで答えている。また、信州大や三重大などでつくる「国立大学法人17大学人文系学部長会議」は10月27日、「人文社会科学系や教員養成系の学部・大学院について、組織の廃止や転換を迫る方針は変更されておらず、我が国の人的基盤を揺るがしかねない」と抗議の共同声明を文科相へ提出している。
現在のところ、人文社会科学系がある大学の半数を超える33の国立大学で、2016年度以降に人文社会科学系の学部・大学院の組織見直しを計画していることが明らかになっている。そのうち9大学では組織の廃止を予定しており、文系学部の組織改編が一気に進むことは間違いない。
こうした流れの中で11月6日の朝日新聞では、保守派の論客と知られる佐伯啓思・京都大学名誉教授も「短期的な成果主義は無用」との見出して近年の「大学改革」への違和感を述べている。
国際的にもかなり厳しい状況に
では理系学部は安泰なのか。5月に発表された日本の人口あたり論文数の国際ランキングは、クロアチアやセルビアなどの東欧諸国を下回る37位。以前は米国に並ぶ1~2位だった工学系論文数も中国、韓国、インドに追い抜かれ5位だという。
これは、国立大学協会による日本の学術論文数に関するレポート「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究」を鈴鹿医療科学大学学長・国立大学協会政策研究所所長の豊田長康さんが分析した通称「豊田レポート」で明らかになった。豊田さんは
「大学院を含め大学への公的研究資金の投入額と、論文の書き手となる大学院生や博士研究員(ポストドクター)、大学教官、研究機関の実動研究者数が少ないのが原因だ」
と指摘しており、大学関係者や研究者の間では「研究力が低迷し、日本の大学がこのままではダメになる」などと、波紋を広げている。
他にも、日本の高校生が、そもそも大学院まで行って勉強したいと考えていない、大学生の大学院進学率はアメリカや中国と比べ大きく差をつけられている、アメリカへ留学する日本人学生数が減り続けている、さらに米国の大学院での国別博士号取得者の数でも、中国などに大きく差をつけられている、など日本の学びの競争力はどんどん低下していることが各方面で指摘されている。
ことは「文学部問題」にとどまらず、日本の大学・大学院教育が全体として今や国際的にかなり厳しい状況にあることは確かなようだ。