巨大な体を持ち、人間同様に70年以上も生きるのに、ほとんどがんにならないゾウの不思議――。この医学と動物学の双方を長年悩ませてきた謎がやっと解明された。
2015年10月、米ユタ大学のチームが米医師会雑誌「JAMA」にゾウが持つ、がんに対する防御機能の研究成果を発表したのだ。
動物園のゾウの死因、がんは5%未満
その論文内容に立ち入る前に、なぜゾウががんにならないことが不思議なのか説明しよう。そもそもがんは、ダメージを受けた細胞が突然変異して異常増殖することによって起こる。だから、細胞の数の多い動物ほどがんになる確率は高い。人間の細胞は約30兆個といわれるが、ゾウの細胞は約3000兆個もあるという。細胞の数が100倍もあるのだから、途方もない確率でがんを発症するはずで、すべてのゾウががんで死んでもおかしくない。
また、細胞のダメージは加齢が進むとともに増えていく。年を取るとがんになる確率が高まるのはそのためだ。ゾウも人間並みに長く生きるのに、動物園で飼われているゾウの死因を調べると、がんで死亡したゾウは4.8%。人間ががんで死ぬ確率は25~30%といわれるのに比べると、驚くほど低い。
「遺伝子の守護者」が大きな体を守っていた!
研究チームは、人気サーカス団の協力も得て、ゾウの全ゲノムを解析した。特に、がんの増殖を抑制するタンパク質で「遺伝子の守護者」と呼ばれる「p53」に着目した。そして、p53のアミノ酸の配列を決める遺伝子のコピーを調べると、人間ではコピーは2つしか持っていないのに、ゾウは38個も持っていた。これは、ゾウが長い進化の過程で、がんの発症を阻止する遺伝子の追加コピーを次々と作成し、がんにならない体質をつくってきたことを意味する。
また、ゾウの血液と健康な人の血液、そしてがんになりやすい家系の人の血液の3つを比較して免疫能力を調べた。その結果、ゾウはがん化する恐れがある細胞を、いち早く見つけて殺す攻撃的なメカニズムにたけていることが判明した。その能力は健康な人の2倍、がん家系の人の5倍あるという。
チームリーダーのジョシュア・シフマン医師は「ゾウががんにならない仕組みが解明された今、それを人間に応用できないか考えている」と語っている。また、論文の不随筆者である英ロンドン大学のメル・グリーブ博士はこんな皮肉のコメントを寄せている。
「本当の謎は、ゾウに比べ、なぜ人間のがんに対する防御力がこれほど弱く、発症率がこれほど高いかだ。その答えは人間の社会進化が異常に速いことにあるだろう。ゾウは喫煙することも、過剰にカロリーを摂取することもない」