戦時中の疎開先の古い写真を高齢男性に見せる。「この頃、何を食べました?」「ある日、肉が出たな。うまかった~。でも後で可愛がっていた鶏の肉だと知らされて......」。男性はみるみる目を潤ませる――。認知症の人は、30分前の食事のことは忘れているが、子供時代のことはよく覚えている。そこから逆に少年少女時代の楽しかった記憶をよみがえらせ、おしゃべりをする。それが認知症予防になり、進行を抑制するのが「おしゃべり回想法」だ。
老人性うつ病の治療にも効果があるという。
生活に必要な最低限の動作が大切
認知症対策で大切なのは、ADL(Activity of daily life=日常生活行動)だ。寝起きや移動、トイレや入浴、食事、着替えといった生活に必要な最低限の動作のこと。ADLが確立するのは10~15歳で、その頃の記憶をおしゃべりによって引き出して保つことがADL機能を維持するうえで大事なのだ。
少年・少女時代の記憶がしっかりした人ほど一人で日常動作ができることは、高齢者施設の職員なら体験的に知っている。そこに着目した米国の精神科医が1960年代に研究・開発した心理療法だ。高齢者の記憶を促す物として昔の写真や生活道具などを使う。日本では、2000年前半から各地の郷土博物館などが展示物の民具や写真を「回想法」のために提供するようになり、広まった。
竹とんぼや駒遊び、あやとりで子供時代に戻ろう
回想法は、老人施設の中で専門家の指導の元で行われる療法と思われがちだが、祖父母からアルバムを見ながら子供時代の話を聞くだけで立派な回想法になる。「昭和の○○展」など、祖父母の子供時代の歴史展があったら連れて行こう。日本回想療法学会のサイトをみると、普通の家庭で孫や子、親戚を集めて和やかにできる方法が色々載っている。
たとえば、「おこげパーティー」。カマドと釜を用意し庭先で男性陣が薪を割り、火をつける。女性陣が釜のお米と水加減をみる。「始めちょろちょろ中パッパ......」の炊き加減を祖父母に教えてもらいながら賑やかにご飯を炊く。味噌汁、煮物も作る。おこげの思い出を聞いて笑顔がはじける。
子・孫たち「お婆ちゃん、どうしておこげが好きなの?」 祖母「ほら昔はお菓子がなかったでしょ。お釜についたおこげをそっとはがして、お醤油(しょうゆ)をちょっと垂らして食べると、もう、お煎餅みたいで美味しかったのよ」。楽しい思い出話が次々と出てきて、祖父母の表情も生き生きとしてくる。
実は回想法は、人に話を聞いてもらうのもいいが、自分から積極的に話しに行くと、記憶がより鮮明になって効果があがる。全国で初めて自治体が回想法を取り入れた北名古屋市では、回想法の講習会を卒業したシニアの「いきいき隊」の面々が、竹とんぼ、竹の水鉄砲、木製の駒、あやとり......など、手作りオモチャを持参して小学校や幼稚園に出かけていく。子供たちに昔遊びや郷土料理を教えてワイワイ楽しみながら、自分も子供時代に帰っていく。
「お爺ちゃんたら、もう、昔の話ばっかりして!」と煙たがるのはよそう。気持ちよくしゃべれるよう聞き上手になってほしい。