インドネシアのジャワ島に建設する高速鉄道計画で、インドネシア政府が中国案を採用し、日本の新幹線案が退けられた。日本政府の衝撃は大きく、菅義偉官房長官は2015年9月29日の記者会見で「決定の経緯は理解しがたく、常識として考えられない」とインドネシア政府に対する強い批判を口にした。
中国側の遮二無二受注しようという動きがあったとはいうものの、インフラ輸出はアベノミクスの成長戦略の柱だ。日本のインフラ輸出戦略や態勢の見直しは不可避といえる。
菅官房長官「常識として考えられない」
この案件はジャカルタとバンドンの間の約120キロを結ぶもので、将来的にはスラバヤまで約570キロに延伸する計画もある。元々、日本とインドネシア両政府が協力して数年前から調査を進めており、日本が新幹線方式の売り込みに力を入れていた。ところが、2015年3月に突然、中国が計画への参入を表明。日本と中国がそれぞれに条件を提示し合って受注を争う形となった。インドネシア政府はこうした激しい受注競争で板挟みになり、9月初旬、一旦は計画を白紙に戻すと表明した。そこから一転しての「中国案採用」は、日本にとって青天の霹靂といえ、菅長官の怒りの談話になったわけだ。
そもそも日本の敗因は何か。基本的にはインドネシアの国内事情だ。2014年10月に就任したジョコ大統領は、同国で比較的開発が進んでいるジャワ島以外のインフラ整備を進める方針を掲げたのだ。ジョコ政権としてはジャワの高速鉄道の優先順位は低く、政府予算を使わず、民間ベースの事業にしたい、との意向を示していた。
日本も安倍晋三首相がインドネシアのジョコ大統領に対し、約1400億円の円借款を表明したものの、借款つまり借金で、インドネシア政府は最終的な返済義務を負う。これに対して中国は、「初の高速鉄道輸出」を実現するため異例の低利融資を提示、政府保証も求めないという過去のインフラ整備で例のない条件を提示し、受注を勝ち得た。
こうしたなりふり構わぬ中国の受注に対しては、「安かろう、悪かろうでいいのか」(日本政府筋)という「正論」の批判はあるが、「日本側の読み、対応の甘さがあった」(業界関係者)との声も少なくない。資金面で有利な条件を示した中国に対し、日本がアピールしたのは「安全性」や「運行の正確さ」などの品質の高さだった。しかし、「日本人が国内で求めるほどの高い品質を他国が求めているとはいえない」(同)という実情をどこまで考え、現地で本当に求められるものを見極めていたのか。実際、「中国の方が売り込み上手」との見方は強い。
アジアでは鉄道受注競争が激化
安倍政権はインフラ輸出を成長戦略の重要な柱に位置付ける。なかでも鉄道事業は、タイやインドなどアジアのほか米国も含め、世界的に需要の増加が見込まれる。そこでも中国と競争になる可能性は少なくないだけに、インドネシアでの敗北の教訓を生かさねば、日本はじり貧になりかねない。
インフラは建設から運営、保守・管理まで息の長い事業だ。日本は、強みである安全性、正確性などの技術力で戦ってきたが、国家ぐるみで破格の条件を武器に攻勢をかける中国に勝つのは容易ではない。相手国と特定の事業に限らない幅広く、密接な信頼関係を強めていくことは大前提だが、相手国のニーズをより細かく把握することも、インフラ輸出では不可欠だ。鉄道でいえば、建設だけでなく、鉄道車両の工場を現地に合弁で作って第三国に輸出したり、技術者育成に協力したり、といったことをパッケージで打ち出すなど、総合的な提案力に磨きをかける必要があるだろう。
さらに、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が大筋合意に至り、「政府調達」分野でも各国の公共工事などの入札手続きのルールの方向が固まり、入札の透明性を高める努力もますます必要になる。
今回の「敗北」は、日本のインフラ輸出が対中関係にからんで大きな壁にぶち当たりつつあることを象徴する一件となった。