日中間の歴史認識をめぐる問題で、日本はさらに防戦を迫られることになりそうだ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が新たに世界記憶遺産登録を決めた中に、中国が登録を申請していた、いわゆる南京事件に関するものも含まれていたためだ。南京事件をめぐっては、中国側は犠牲者数を「30万人」と主張する一方で、日本側には諸説あり「虐殺はなかった」とする主張もある。
日本政府はこれまで、「ユネスコの政治利用」への懸念を表明するなど登録を警戒してきたが、押し切られた形だ。登録発表後、外務省は「極めて遺憾だ」との談話を発表した。
「南京大虐殺(Nanjing Massacre)」の固有名詞が世界中で定着する
ユネスコでは、2015年10月4日から6日にかけてアラブ首長国連邦のアブダビで開かれた国際諮問委員会で、61か国から申請があった88点の候補を審査。そのうち40か国の47点について登録を勧告し、パリのユネスコ本部が10月9日(日本時間10日未明)に登録を発表した。
日本からもシベリア抑留の関連資料と国宝「東寺百合文書(ひゃくごうもんじょ)」の2点の登録が決まったが、中国が申請していた「南京大虐殺文書(Documents of Nanjing Massacre)」も登録が決まった。
新華社通信によると、登録された資料は(1)1937-38年の「虐殺」の時期(2)戦後の検証作業と1945-47年に中国国民党政府による軍事法廷で行われた戦犯への裁判(3)1952-56年に中華人民共和国の司法機関が記録した資料、の大きく3つに分かれる。資料の内容が歴史的に正しいかは現行の登録のための審査基準には含まれないが、今回の登録で、中国側が主張する「南京大虐殺」の固有名詞とその内容が世界的に定着しかねない。
新華社記事では「30万人」が既成事実扱いに
実際、登録を伝える新華社通信の英文記事では、「地の文」で背景を解説。「30万人」は、すっかり既成事実扱いになっている。
「1937年12月13日に日本の侵略者が最初に南京を占領し、市内で6週間にわたる破壊、略奪、虐殺を始めた。これらの行為は日本陸軍によって事前に計画され、組織的で、意図的に実行された。身を守るすべのない市民や武装していない兵士を含む30万人以上の市民が殺害され、数えきれないほどの強姦、略奪、放火も起こった」
日本も登録をめぐる中国側の動きには警戒していたはずだった。菅義偉官房長官は2015年10月2日の記者会見で、
「日中両国が関係改善のために努力をする、それが必要な時期に中国がユネスコの場を政治的に利用して日中間の過去の一時期における負の遺産をいたずらに強調しようとしている」
と中国側の動きを非難していた。これに加えて、
「中国に再四、累次抗議の上取り下げをするように申し入れをしてきている」
と述べ、ユネスコ側に繰り返し政治利用に関する懸念を伝えていることも強調した。だが、それも奏功せずに登録が決まってしまった。
日本外務省は登録の発表直後に、
「一方的な主張に基づき申請されたもので、中立公平であるべき国際機関の行動として問題であり、極めて遺憾だ」
とする報道官談話を出した。