安倍晋三首相が「アベノミクス第2ステージ」として、新たな「3本の矢」を打ち出した。2016年夏の参院選をにらみ、成立後も国民の批判が根強い安全保障法制から経済に政策運営の軸足を移し、低下した支持率を盛り返そうとするものだ。
ただ、国内総生産(GDP)を2020年度をめどに600兆円(2014年度は490兆円)に拡大することを目指すなど、経済界からは疑問の声も出ている。
求心力を回復したいという思惑
安倍首相が通常国会の実質閉幕を受けた2015年9月24日の会見で、「『一億総活躍社会』を目指す」として大々的に打ち出した「新3本の矢」は、「強い経済」「子育て支援」「社会保障」の政策強化で、会見では「希望と夢、安心のため」と強調した。安保関連法は9月19日に成立したが、マスコミ各社の世論調査では内閣支持率はおおむね40%程度、不支持率は50%前後と厳しい数字になっており、経済を一層重視することで政権の求心力を回復したいという思惑がある、との見方が強い。
新しい第1の矢の「強い経済」では、「戦後最大の経済、戦後最大の国民生活の豊かさ」を目指すとし、その象徴として、GDP600兆円の目標を掲げた。第2の矢「子育て支援」では、保育園に入れない待機児童をゼロにすることや、幼児教育の無償化拡大を表明した。3世代同居世帯や多子世帯への重点的な支援などで「子育てに優しい社会を作り上げていく」とうたい、合計特殊出生率(一生に一人の女性が産む子供の平均数)を現在の1.4程度から1.8まで回復できるとした。第3の矢「社会保障」では「介護離職ゼロ」を掲げ、要支援、要介護の認定を受けている高齢者600万人を突破する中、50万人に達する「待機老人」(特別養護老人ホームへの入居を希望しても入れない人)をなくすために介護施設の整備などを進める方針を示した。
ただ、いずれも具体的な中身は不明だ。第2、第3の矢を政策目標として掲げることに異を唱える人はいないが、継続的な財源が必要なのは自明だ。どのくらいの額を、どこから捻出するのかの説明はない。また、保育や介護現場の人手不足解消の道筋などの数値目標実現のシナリオは見えてこない。
「GDP600兆円」は、毎年、実質2%、名目3%以上の成長率で2020年度に594兆円、2021年度に616兆円に達する、という。財政健全化のために示してきた経済成長シナリオに基づくというのが内閣府の説明だ。しかし、足もとの景気を見ても、第2次安倍政権の発足後、2013年度の実質成長率は2.1%、2014年度は消費増税の影響でマイナス0.9%、2015年度も4~6月期はマイナス、7~9月期もマイナスの恐れがあり、年度を通して1.5%という政府の見通しも怪しい状況だ。
アベノミクスのこれまでの「3本の矢」だった「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」のうち、日銀による金融の異次元緩和は円安・株高でアベノミクスの基盤を作ったうえ、財政政策も一定の刺激になった。一方、中長期的に日本経済を強めるうえでも不可欠とされる成長戦略は、「道半ば」との評が定着している。市場は引き続き期待しているが、新「3本の矢」に成長戦略の言葉はなく、新しい第1の矢の説明で「生産性革命」「投資や人材を日本に呼び込む」と語っている程度だ。