消費税還付の話題で各紙は盛り上がっている。財務省が、2017年4月から10%への消費再増税の際、食品などの軽減税率の代わりに、事後的に還付するという案を出している。ただし、還付額には上限があり、年間4000円という案が当初出た(その後、増額検討報道も)。還付の際には、食品の購入にマイナンバーカードの個人認証が必要となる。
こうした案について、当然ながら、4000円が少なすぎるとか、マイナンバーカードの個人認証は、食品購入をクレジットカード決済にするようなもので小売店での設備負担が大きいとかの批判が出ている。
還付金案の仕掛けに隠された本質
これを仕掛けた財務官僚は、しめしめとほくそ笑んでいるだろう。こうした批判は既に織り込み済みだし、その仕掛けに隠された本質に誰も気がつかずに、エサを食ってくれたと。
仕掛けの本質は、ずばり、2017年4月からの10%への消費再増税を既定事実として国民にすり込むことだ。財務省案の還付には、誰でも指摘できる問題点が多すぎる。あえて指摘してくれといわんばかりだ。
還付金は、高額所得者も恩恵を受けられる軽減税率と違って、低所得者層に恩恵を絞れるので、政策的には望ましい。もっとも、(1)簡素な給付(所得に応じて還付額を推計)、(2)領収書を使って還付、(3)マイナンバーカードを使って還付、という三つの方法がある。(1)から(3)にかけて、現時点では実施コストが高まり問題点が多くなる。世界の中では、せいぜい(2)までである。もっと簡単な方法があるのに、財務省案は野心的な(3)にして、わざと批判を受けているようだ。
財務省にとって、2017年4月からの10%への消費再増税が最優先であり、この還付案は極論すれば潰れてもかまわない。もしこの還付案が通れば、還付のための「軽減ポイント蓄積センター(仮称)」が作れて、天下り先が一つ増えて良かった、程度だ。10%への消費再増税のためには、上限の4000円が1万円になってもかまわないだろう。
財務省の手のひらの上で踊るマスコミ
この財務省案の出し方からみても、財務省の仕掛けの意図が感じられる。今月初めのトルコでのG20で、麻生財務相から同行記者へ出した。このため、G20の内容よりも、消費税還付のほうが日本の紙面をとった。実は、G20では、中国経済の先行き不安定ばかりが議論された。中国経済が怪しいなら、2017年4月からの10%への消費再増税は、世界経済にとってはやってはいけない愚策である。日本経済をよくして、世界経済の牽引になるべきところが、消費増税では逆政策である。
日本で消費税還付ばかりが議論になって、その前提である消費増税について、この時期の世界経済にとっていかにマイナスであるかという、本質的な議論ができなくなっている。
法律で消費再増税は決まっているといっても、昨(14)年12月の解散総選挙をみれば、17年4月からの消費再増税も政治的には変更可能であることが明らかだ。国民に信を問い、法律を変えれば良いのだ。安倍首相は、「アベノミクス解散」と命名した14年の解散総選挙で、当初予定されていた今(15)年10月からの10%への消費再増税の延期を決めたことも争点に挙げた。
それにしても、今の経済情勢を考えるだに、昨年の解散総選挙がなければ、今年10月から消費再増税となっていたかと思うとぞっとする。しかも、昨年の解散総選挙では、マスコミは消費増税に賛成していたので延期を批判していた。今回、マスコミは消費増税そのものには反対できずに、還付の問題点だけを取り上げることを、財務省は読んでいて、消費税還付案を出してきたのだろう。しかも、新聞への軽減税率の適用の話は置き去りで、その怒りは消費税還付に向かうこともわかっているはずだ。
消費再増税は政治的にはまったく白紙であるにも関わらず、こうして、マスコミは財務省の手のひらの上で踊り、17年4月からの10%への消費再増税が既成事実化していっている。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)、「図解ピケティ入門」(あさ出版)など。