トヨタ自動車が、高級車ブランド「レクサス」を国内に投入してから、2015年8月末で丸10年となった。
世界中でドイツ勢が大きな壁となっている高級車市場に風穴を開けようと挑んだレクサス。国内でもドイツ勢の壁が立ちはだかるが、トヨタとしては長い目でブランドを育てる戦略のようだ。
米国では高級車ブランドとして認知
レクサスブランドの乗用車が発売されたのは1989年。トヨタブランドの初代「セルシオ」を新ブランド「レクサス」のもと、仕様を変更して「LS」として米国で投入したのが始まりだ。トヨタらしい丁寧なつくりとサービスが好評で、米国では高級車ブランドとして受け入れられてヒットした。
米国の著名コラムニスト、トーマス・フリードマン氏が、冷戦後の世界情勢を描いた著書「レクサスとオリーブの木」(1999年)の題名に取り上げるほど、米国ではポピュラーな存在となった。ちなみにこの書物でレクサスは、最新技術をもとに国籍を超えてグローバル化する企業の動きの象徴とされている。ただ、1990年に発売した欧州では米国ほどには認知されておらず、これは今に続く課題でもある。
そうしたなか、日本国内で3代目セルシオが後継に切り替わる少し前のタイミングで、国内でもレクサスブランドを展開した。これまでの10年を振り返ると、苦戦とまでは言えないが、右肩上がりとも言えない状況が浮かび上がる。
暦年ベースで見ると、発売翌年の2006年の販売台数は3万1000台とまずまずのスタート。しかし、ほどなく2008年のリーマン・ショックを迎え、2008、09年は各2万6000~8000台にとどまった。ただ、そこからは順調に回復。2011年には東日本大震災の発生がありながらも、4万2000台と初の4万台乗せ。2013年には4万7000台とさらに上積みした。