政府の2020年度の財政赤字の見通しが突然3兆円も少なくなった。内閣府の「財政についての中長期試算」が2015年7月22日発表されたなかで明らかになった。財政健全化の指標である基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の2020年度の赤字が、2月時点の試算では9.4兆円だったのが、7月22日の新たな試算では6.2兆円となり、わずか半年足らずで3.2兆円も「改善」したのだ。
試算の前提にはさまざまな「カラクリ」があり、今後の財政論議や景気の先行きを見ると、砂上の楼閣とも映る。
「かなりの改善が見られている」。甘利明・経済再生担当相は発表時の記者会見で、大幅な赤字縮小をこう評価した。
5年後に税収が15兆円増えるという楽観見通し
PBは、政策に使うお金を新たな国債発行(借金)をせずに、どの程度まかなえているかを示す指標。政府は2020年度に赤字から脱却して黒字化する目標を掲げてきた。内閣府の2月時点の試算では、今から2020年度まで実質2%、名目3%の高い経済成長率が続いたとしても、国と地方を合わせた2020年度のPBは9.4兆円の赤字だった。ところが、今回の試算では突然、6.2兆円に改善した。政府にとっては解消しなければならない赤字が3.2兆円も減ったことになり、景気を悪化させるとして歳出削減に慎重な甘利氏が喜びを隠せないのも無理はない。
ではなぜ、これほど赤字が減る見通しになったのか。内閣府によると、3.2兆円の改善の内訳は、歳入が1.4兆円増え、歳出が1.8兆円減だ。歳入面では、2014年度の税収実績が企業業績などの回復を背景に想定より伸びたことを反映し、今後も増収が続くと分析。2020年度の国の税収は2015年度と比べて15兆円増えると見込んだ。つまり、2014年度の税収が多かったことで、毎年経済成長して税収が増えていくと計算をする際の「発射台」が高くなったということだ。
歳出面では、政府が6月末にまとめた財政健全化計画で「歳出の伸びは賃金・物価動向を踏まえつつ、増加を前提とせずに歳出改革に取り組む」と掲げたことを受け、2016年度の歳出の伸びを物価上昇率の半分に設定。2017年度以降は物価上昇率と同程度を前提とした。
「前提」そのものに首をかしげる市場関係者
ただ、これらの前提に首をかしげる市場関係者は多い。確かに、景気回復に伴う企業の法人税納税の再開などが追い風となって2014年度の税収が想定より上振れた。15年度に入っても、税収は7月まで前年比で大幅なプラスとなっているのは事実だ。だが、「この大幅な伸びが2020年度までずっと続くとは考えにくい」(エコノミスト)。そもそも、中国経済に端を発する世界経済の混乱が現実味を帯び、成長率が下振れするリスクは高まっている。税収増の見通しは甘いと言わざるを得ない。加えて、安倍政権は法人税の実効税率を20%台に下げる本格的な検討に入った。
2016年度の歳出の伸びが、なぜ物価上昇率の「半分」になるのかについても、「機械的に設定した」(内閣府)だけで、合理的な根拠はない。実際、16年度予算の概算要求は102兆円を超え、過去最大となった。財務省は抑え込む構えだが、来年の参院選を控え、与党からの歳出圧力は高まっている。
大幅な赤字圧縮を演出した今回の試算は、極めて楽観的な前提に基づいて「厚化粧」を施したものといえるが、それでも政府が目指す2020年度の赤字ゼロには届いていない。安倍晋三政権は、2017年4月に予定する消費税率10%への引き上げの後の増税を封印している。赤字解消には、他の手段での税収増と、抜本的な歳出抑制が必要となる。
政府関係者は「財政健全化計画を着実に実行すれば、黒字化の目標達成は可能」と強調するが、計画に列挙された高所得者の負担増などは「検討事項」にとどまり、改革がどれだけ実行に移されるのかは不透明だ。支持率に陰りが見えだした安倍政権が、痛みを伴う改革より、財政出動の誘惑に駆られる可能性は高く、今回の楽観的な赤字改善の試算は「砂上の楼閣」に近いものといえそうだ。