世界的な金融市場の動揺の中、原油市場も下げが大きな注目点になっている。今回の混乱の発端となった中国の景気減速懸念の表面化に先駆けてまず崩れたのが原油相場で、いわば危機を扇動した格好だ。
世界全体の景気動向はもちろん、地政学的なリスクなどもからむ原油相場の行方はどうなるのか。また、日本経済への影響はどうなるか。
中国経済の鈍化が影響
原油価格の世界的な指標である米国産標準油種WTIは2015年8月21日のニューヨーク市場で約6年半ぶりに1バレル=40ドルを割り込み、24日には一時、37ドル台まで下げた。
原油相場の大きな流れを振り返っておこう。リーマン・ショック(2008年9月)前の同年7月に147.27ドルの史上最高値を付けた後、12月に32.40ドルまで下落。世界的な景気回復で2010年に100ドルを回復、その後、2014年7月末までほぼ100ドル前後で推移していた。この流れが反転し、ほぼ1本調子で40ドル台まで下げた後、2015年になって一時、60ドルレベルまで回復したが、夏から再び下落に転じ、現在に至る。
ここまで落ち込んだのには、需要減少と供給過剰という需給両面の理由がある。1年前に100ドルから80ドルレベルに20ドルほど下げたときは、リビアの内乱状態の鎮静化や、イランの核開発をめぐる合意の可能性が高まるという「地政学リスクの後退」が理由とされた。この下落に対し、石油輸出機構(OPEC)が減産による価格維持を図るとの観測が根強かったが、2014年11月のOPEC総会は減産しないことを決定。ここから一気に原油相場の下げが加速した。
この間の価格動向の根底にあるのが米国発のシェール革命、つまりシェールオイルの開発だ。OPECの盟主・サウジアラビアは減産して価格維持を図っても、シェールオイルにシェアを奪われるだけだと判断し、OPEC全体の生産枠を日量3000万バレルに据え置いた。むしろ価格低下でシェールオイル開発に打撃を与え、その後の相場回復を待とうという戦略に転じたと分析される。OPECは2015年6月の総会でもこの路線を維持し、原油相場は50ドルを大きく割り込み、価格低下を受けて米シェールオイルの生産量も頭打ちの傾向を見せ、一時、相場も持ち直した。
ところが、シェールを含む米国の原油生産量は足元で日量935万バレルと、1年前より9%も増えているという。生産企業が掘削費用などを削減し、生産コストは過去1年で3割近く下がったともいわれ、OPECの狙い通りにはなっていないわけで、供給過剰の構造に変化の兆しはない。
需要面では新興国経済の低迷、とりわけ中国の成長鈍化だ。実は、「1年前から中国の電力需要、石炭やセメントの消費の伸び鈍化など景気減速の兆候が表れ始めたが、中国政府がうまく対応するという根拠なき楽観論が根強かった」(全国紙経済部デスク)。リーマン・ショック後の大規模公共投資で世界の危機を救ったことの連想が中国への「幻想」を生んだのかもしれない。
そして、極めつけが8月11日の中国政府による人民元の突然の切り下げだ。中国経済が想像以上に悪いと、世界に不安と動揺を与えた。さらに21日発表された中国の製造業購買担当者指数(PMI)の速報が6年5か月ぶりの低水準となり、中国への不安がパニック的に金融市場に広がり、世界同時株安などを招いた。中国経済の失速で原油需要が一段と落ち込むとの見方が、原油相場を一段と下押ししている。
ガソリン価格や電気料金は下がる
イラン核開発問題の最終合意を受け、対イラン経済制裁が解除され、イラン産原油が市場に流入して供給量がさらに膨らむ可能性も含め、需給ギャップが日量250万バレルに達するとされる今の市場環境は当面、好転しないと見られ、原油相場はしばらく1バレル=30ドル台~40ドル台の水準で低迷するとの見方が強い。
原油相場下落の、日本経済への影響はどうか。
マクロ経済的な混乱は、企業活動への打撃、消費者心理の委縮などマイナスに作用するのは当然だ。ただ、そうした突発的混乱状態が収まれば、原油安自体はマイナス面だけではない。
レギュラーガソリンの全国平均小売価格は、2014年7月14日の1リットル=169円90銭をピークに下落に転じ8月17日時点では136円70銭と前週よりさらに1円50下がり、ピークからは2割近く安い。全国の大手10電力の標準的な家庭の平均電気料金(9月)は7562円で、前年同月の7876円から約4%安い。この間、北海道電力と関西電力が値上げ方向に料金体系を見直したが、燃料価格の下落効果が勝った格好。液化天然ガス(LNG)の調達価格も、原油価格と連動している場合が多いので、都市ガス(東京ガスの場合)も標準家庭の月額5203円(9月)と1年前の6021円から値下がりしている。
関係する企業にも恩恵は広く及ぶ。日経新聞のまとめでは、2015年4~6月期決算で純利益の進捗率が高い企業ランキングは、1位の東邦ガス、3位の日本郵船、6位のコスモ石油など、ガス、海運、化学など原油安メリットを受ける企業が上位に並んでいる(8月22日朝刊)。
昨夏からの原油安の効果の試算が、春先にかけて各方面から出た。名目国内総生産(GDP)を5.6兆円(1.2%分)押し上げる(1月・内閣府)、日本の2015年度の実質GDPを0.5%押し上げる(大和総研・2月)、実質GDPは約6兆円増加する(4月・みずほ総研)といった具合だ。原油安だけならありがたい限りなのだが・・・。