所得税の抜本見直し作業が政府税制調査会(首相の諮問機関)で始まった。2015年6月末に閣議決定した経済財政運営の「骨太の方針」で、所得税改革を進める方針が示されたのを受け、7月2日に税調総会を開き、子育て世代や共働きの家庭などの支援に向けた議論を進めることになった。
論点は多岐にわたるが、最大の焦点は「専業主婦を優遇しすぎている」との批判が絶えない配偶者控除だ。
政府税調として5案を提示
骨太の方針は、経済成長の担い手である若者に焦点を当て、低所得者が意欲を持って働きながら結婚・子育てができるような税制の見直しを進める方針を明記している。税調では、例えば高所得者の税負担を重くする一方、これで得た財源を低所得者向けの減税や給付措置に振り向けるといったことが今後の議論の軸になる。政府税調の中里実会長(東大教授)は総会後の記者会見で「若くても高齢でも、経済的に余裕のある人に負担をお願いすることがあるかもしれない」と語った。
そこで、焦点になる配偶者控除だが、そもそも控除とは、課税の対象になる所得から一定額を差し引く「所得控除」と、税額から一定額を引く「税額控除」があり、配偶者控除は前者。控除額を差し引いた残りの所得に税率をかけるので、控除した分、税金が少なくなる。
配偶者控除は、社会の変化に合わず、女性の社会進出を妨げているというのが見直しの理由。そもそも制度ができた1961年当時は家電もあまり普及していなくて掃除、洗濯といった家事は重労働だったこともあり、「内助の功に報いる」という位置づけだった。しかし、1997年に専業主婦世帯と共働き世帯数が逆転し、2014年では共働き1077万世帯に対し、専業主婦は720万世帯と少数派。今後、人口減少による労働力不足への対応として女性の社会進出が必要とされ、その意味でも配偶者控除は「旧時代の遺物」と見る専門家も増えていた。
具体的な配偶者控除は、受けられる妻の年収が103万円以下とされ、これを超えて稼ぐと控除が受けられなくなり、夫の所得税がかえって増えて世帯収入が減る「逆転現象」が起きる。このため、パート収入を年間103万円以内にとどめる主婦が少なくない。「103万円の壁」といわれる所以だ。もちろん、そもそもフルタイムで働くなど103万円超の収入を得る女性は控除を得られない「不公平」が女性の就労促進を妨げているという「根本問題」もある。
2014年3月にも安倍晋三首相は制度の見直しをと指示したが、反発に配慮し、年末総選挙への流れの中で、結論は先送りされた。その際、政府税調として5案を提示しており、今後の議論も、これをもとに進められることになる。
来年の参院選を前に、与党から慎重論が噴出か
5案は、(1)配偶者控除廃止、(2)所得制限導入、(3)配偶者の収入に関わらず夫婦の所得控除枠を一定にする、(4)同様に夫婦の税額控除の枠を一定にする、(5)新たに「夫婦控除」創設――の5つ。(1)と(2)は、一応考え方として載せた程度のもの。(3)は妻が働かない方が負担は軽くなり、女性の就労促進につながらないとされ、この修正版として(4)案が併記された。
そこで最も有力といわれているのが(5)の夫婦控除。夫か妻か、収入の多い方の所得から一定額を控除することになるとみられる。例えば今のサラリーマンの基礎控除38万円と配偶者控除38万円を合わせた76万円を「夫婦控除」とするといったイメージだ。
ただ、所得控除は税率の高い高額所得者ほど有利(控除額76万円の場合、税率10%世帯は7.6万円、40%世帯は30.4万円の税金が少なくなる)。このため、一定の所得制限を設ける、あるいは税額控除を導入するなどが議論になる見通しで、現時点で、着地点は見通せない。
また、配偶者控除の見直しは賃金体系にも影響する可能性がある。厚生労働省によると、企業の3分の2は家族手当などを上乗せ支給しているが、支給基準の多くが配偶者控除と同じ「妻の年収103万円以下」となっており、この見直しが求められることになる。
実際、トヨタ自動車は妻が専業主婦の場合に支給している配偶者手当を廃止して子ども手当を増額する方針を示し、話題になっている。さらに、妻の年収が130万円を超えると年金や健康保険などの社会保険料の支払いが求められ、手取りを減らす要因となる「130万年の壁」も見直しを迫られそうだ。
政府税調は今秋に中間とりまとめを行い、来夏に答申する予定で、政府は早ければ2017年度税制改正に答申の内容を反映させる。ただ、配偶者控除の見直しには、来年の参院選を前に、与党から慎重論が噴出することも予想される。自民党は「配偶者控除維持」としていた2013年参院選の表現を、2014年の衆院選公約で「働き方に中立的な税制・社会保障制度などについて総合的に検討する」に変更しているが、スンナリとこが進むとは限らない。