20年ほど前に政府専用機が登場するまでは、天皇陛下をはじめとする皇族の海外訪問は日本航空(JAL)の特別機が定番だった。だが、今ではそれが様変わりしたようで、ここ数か月の天皇皇后陛下や皇太子ご夫妻の海外訪問で利用されたのは全日空(ANA)のチャーター機だった。しかも、契約は一般競争入札ではなく随意契約で決まっていた。
政府専用機も買い替えにともなって整備委託先がJALからANAへの変更が決まったばかりで、国を代表する航空会社「ナショナルフラッグキャリア」の交代を印象付ける出来事が続いている。
相手国の滑走路が短いので政府専用機が使えない
政府は1991年、政府専用機として「ジャンボジェット」として知られているボーイング747-400型機を2機導入。93年以降は、皇族を含む日本の要人輸送は主に政府専用機が担ってきた。例えば天皇皇后両陛下の場合、1993年8月のベルギー訪問でJALの特別機が使用されたのを最後に、基本的には政府専用機が使用されてきた。
両陛下は2015年4月8日から9日にかけてパラオを、皇太子ご夫妻は7月2日から6日にかけてトンガをそれぞれご訪問。珍しいことに、いずれも政府専用機ではなく、ANAからチャーターした中型のボーイング767-300ER型機が使用された。政府専用機が離着陸するには基本的には長さ3000メートル以上の滑走路が必要だが、両国の空港の滑走路はそれより短く、中型機しか離着陸できないためだ。
皇后さまは2002年に「国際児童図書評議会(IBBY)創立50周年記念大会」のためにスイスを訪問した際にJAL機に搭乗しているが、両陛下がそろって民間機に搭乗するのは前出の1993年8月のフライト以来22年ぶりだ。
皇太子さまがトンガを訪問するのは2006年、08年に続いて3回目。過去2回は羽田空港から政府専用機に乗り、それぞれオークランド(ニュージーランド)、シドニー(オーストラリア)でチャーター機に乗り換えてトンガに移動している。今回のように、日本から民間のチャーター機で移動するのは珍しい。
宮内庁総務課は、パラオ、トンガともにチャーター機の運航はANAとの随意契約だったことを明らかにしている。一般競争入札を行った上でJALが金額面で「競り負けた」ということではないようだ。JAL広報部では、
「ご公務のお役に立ちたいというのが日本航空としての変わらない考え方」
とのみコメントした。
政府専用機「交代劇」には「実より名を取った」の指摘も
JALは毎年夏に767-300ER型機をパラオに運航しているが、こういった実績も政府には評価されなかったとみられ、12年に民主党が政権を失ってからJALにとっては政治的な「逆風」が続いている。
中でも逆風を象徴するのが、19年度に行われる政府専用機の買い替えだ。これまではJALが整備を担当していた現行747-400型機の老朽化が進んでいることから、政府が後継機の機種選定や整備委託先を募集したところ、JALとANA(正確には親会社のANAホールディングス)が応募。両社とも現行の主力大型機、ボーイング777-300ER型機を提案した結果、「機体の性能、機内の仕様、後方支援、教育訓練、納期、経費等について評価を行ったところ、最も高い評価となった」としてANAの提案が採用された。ANAがJALよりも割安な提案をしたことが大きいとみられ、この交代劇には「実(=利益)より名(=名誉)を取った」という指摘もある。
こういった交代劇が今回のチャーター便運航の受注につながったとの見方もできそうだが、ANA広報部では、チャーター便の運航は
「基本的には競争入札ですが、必ず(編注:JALとANAの)2社とも入札するとは限らず、その場合は随意契約となります」
と説明しており、政府専用機の件とは、
「全く関係ありません」
と強く関連を否定した。
「ナショナルフラッグキャリア」の指標になる国際線の事業規模でも、すでにANAがJALを上回りつつある。14年4月の運航実績では座席数と飛行距離(キロメートル)を掛けた「座席キロ」(ASK)と呼ばれる指標でANAがJALを上回ったのに続いて、14年5月には、運んだ旅客数と飛行距離を掛けた「旅客キロ」(RPK)でもANAがJALを追い抜いている。14年3月の羽田空港国際線の発着枠がANAに多く配分されたことが影響した。
JALは10年の経営破たんで大幅に路線を削減したこともあり、関係者は「規模の大きさは追求しない」と口を揃える。これに対して、ANAは15年度だけでも成田-ヒューストン、成田-ブリュッセル線を開設するなど拡大傾向が続いている。