ハイボール人気やNHK朝の連続テレビ小説「マッサン」が火をつけた、国産ウイスキーのブームが広がっている。
国産ウイスキー市場は、サントリーとニッカウヰスキーの大手2社が約9割のシェアを占めている。その牙城を崩すことは至難だが、新たに蒸留所を設立する動きが出てきている。
国産ウイスキー、世界中で高い評価「輸出に照準」
輸入酒販売を営む、静岡市の「ガイアフロー」は、国内ウイスキー市場に新たに参入するウイスキーメーカーの一つ。地元で育った大麦や穀物を原材料として、ウイスキーやスピリッツ・リキュールの製造に向けて準備を進めている。
ガイアフローは3年前から、シングルモルト・ウイスキーを製造するプロジェクトを始動。静岡市玉川地区に市が所有する土地を活用して「静岡蒸溜所」を建設し、ウイスキーを製造する。
まったくのゼロから起ち上げで、静岡市の水源である安倍川のおいしい水と、熟成に最適な緑豊かな自然ときれいな空気が後押しする。「ウイスキーの本場、スコットランドを彷彿とさせるような素晴らしい土地だと思います」と、中村大航社長は語る。東京と名古屋からも片道2時間というアクセスのよさもある。
グループ会社のガイアフローディスティリングがウイスキーを製造。2015年3月に落札した長野県御代田町にある軽井沢蒸溜所の製造設備を、静岡蒸留所に移設する。静岡蒸留所はまもなく着工。2016年春に製造免許の取得や製造開始をめざしている。
ウイスキー市場は国内だけではなく、世界中に広がっている。「ジャパニーズ・ウイスキー」の評価が世界トップクラスになっていることもあり、ガイアフローでは「輸出をメインに据えて、国内販売は半分以下に抑えていきたい」考えだ。
「新規参入」は、もう1社。東京・千代田区で食材の輸入や酒類の輸出を手がける「堅展実業」は、北海道厚岸町にウイスキーの蒸留所を建設する。2014年11月、厚岸町と事業化に向けた協定書に調印。現在は製造免許の取得や建設許可の手続き中だ。
16年10月の稼働、19年の出荷をめざしており、実現すれば道東で初めてのウイスキー蒸留所となる。モルトウイスキーを生産する計画で、生産能力は原酒ベースで年間3万リットル。同社は国内の蒸留所からウイスキーの原酒を購入して輸出していたが、最近のハイボール人気などで原酒の確保がむずかしくなっていたこともあり、自ら蒸留に乗り出すことにしたという。
「地ウイスキー」メーカー、現在10社 「地元でしか飲めない」ほどの人気
国産ウイスキーの蒸溜所は、まだまだ珍しい。帝国データバンクの「地場系ウイスキーの実態調査」によると、「地ウイスキー」メーカーは10社にとどまる。しかも、ウイスキー専業となると数えるほどしかなく、多くは総合酒類メーカーとして焼酎や清酒を主力製品としつつ、ウイスキーの製造、販売も手がけているのが実態だ。
国内のウイスキー市場は、1989年の酒税法改正に伴う2級ウイスキーの大幅値上げで、それ以降、長い低迷期に入った。
その一方、大麦麦芽(モルト)のみを原料とするシングルモルト・ウイスキーが隠れたブームになり、市場はジワジワと上向き、2008年からのハイボール人気で一転した。これに「マッサン効果」が加わって、最近ではサントリーやニッカなどの商品の一部にはプレミアムがつく事態となっている。
そうしたことから、近年は小さい規模ながらも世界的な知名度を誇るメーカーも登場している。戦間期に洋酒製造免許を取得した老舗の「江井ケ嶋酒造」(兵庫県明石市)は、5年貯蔵の「シングルモルトあかし」や年2回のシングルカスク(ひとつの樽から瓶詰めしたウイスキー)も品薄という。
また、2008年に埼玉県に秩父蒸留所を設立した「ベンチャーウイスキー」は、国内唯一のウイスキー専業メーカーで、そこで造られる「イチローズ・モルト」はいまや世界的な名声を博していて、「秩父のショットバーでしか飲めない」と評判だ。
2011年にモルト原酒の蒸留を19年ぶりに再開した、鹿児島県の「本坊酒造」の「マルスウイスキー」のシングルモルトは、ワールドウイスキーアワード(WWA)2013ブレンディッド・モルト部門でワールドベスト賞を受賞するなど、欧米での評価も高い。
同社は「いまやグローバルな視点からもウイスキーのニーズは高まっています」と話し、今後は輸出を本格化していく。
「クラフトウイスキー」といわれる、小規模蒸溜所で造られるウイスキーは、世界のウイスキー業界で最近の新たなトレンドともいわれている。蒸留後、最低3年の貯蔵と熟成が必要なウイスキーは投資から回収までに長い時間を要するビジネスだが、地ビールのような、小さな蒸留所の「地ウイスキー」がいまのウイスキーブームをさらに息の長いものにするかもしれない。