Jフロントリテイリング傘下の大丸松坂屋百貨店が、「脱・百貨店」戦略を加速している。
百貨店は訪日中国人による「爆買い」や、株高などによる富裕層の購買力アップで消費増税後も健闘しているとはいえ、「従来のままでは生き残りが厳しい」との見方もあるなか、先手を打った格好。吉と出るか否か、業界で注目されている。
家電量販店を百貨店が誘致するのはかなり異例
全国の「大丸」「松坂屋」の店舗の中で、最大の売り上げ規模を誇るのが「松坂屋名古屋店」(名古屋市中区栄)。この店舗に関する2015年6月9日の発表が、業界を驚かせた。11月1日に、南北に3館連なるうちの「南館」4~6階(計約8000平方メートル)に、家電量販店大手、ヨドバシカメラが開業するというのだ。
店全体のイメージアップにもつながる海外高級ブランドショップや、老若男女を呼び込める書店などを招き入れることはあっても、「常時安売り感」が強くスーパーと親和性の高い家電量販店を百貨店が誘致するのはかなり異例だ。
ここで名古屋の百貨店事情を少し説明しておこう。主要な百貨店は2つの繁華街「名駅」「栄」に分かれて店を構える。名駅は名古屋駅の略称で、東海道新幹線を降りてすぐのビル街や地下街を指す。栄は名駅から東に約2キロ、地下鉄で2駅の場所。どちらかというと名駅が近年発達したのに対し、栄は戦前から文字通り栄えてきた街だ。
松坂屋は江戸時代初期に名古屋で創業した「いとう呉服店」がルーツ。百貨店は栄地区に1910年に創業し、名古屋市内でも最も歴史が古い老舗だ。
新たな顧客層を開拓
一方、名駅地区で業績を伸ばす新参者が高島屋。JR東海と組んで名古屋駅に直結する「JR名古屋高島屋」を2000年にオープン。市内では最新の百貨店だ。
立地の良さから顧客を引き寄せて年々売上高を伸ばし、2014年度(2015年2月期)には、長く「名古屋一番店」の座を守ってきた松坂屋名古屋店を抜き去り、初めて首位に立った。売上高は高島屋が1260億円で、松坂屋を約4億円上回った。2014年暦年(1~12月)は「お得意様」に店舗外で販売する「外商」がものを言う歳暮商戦で地力を発揮した松坂屋が5億円差で首位を守ったが、健闘もそこまでだった。
松坂屋としては、巻き返しのために大規模な改装を計画しているが、そんな通常の施策を超えた起死回生策として打ち出したのがヨドバシの入居というわけだ。栄地区に家電量販店がないことも後押しした。
記者会見した松坂屋名古屋店の加藤俊樹店長は「ヨドバシに年間500万人来るであろう客は今まで松坂屋に来たことがない人が半分だと思う」と述べ、新たな顧客層を開拓できるとの見方を強調した。「ヨドバシの丁寧な接客も評価した」という。
もともとヨドバシは、名駅の高島屋に隣接するJR東海主導の新設商業ビルに入居予定だったが、契約トラブルでヨドバシがキャンセルし、そこにビックカメラが入ることになった経緯もある。ヨドバシにとっては意趣返し的な意味合いもある。
業界の先頭を走る変身
一方、Jフロントが再開発中の松坂屋銀座店跡地(東京都中央区)は、「松坂屋」の看板を掲げない新たな商業施設を目指している。また、建て替え中の松坂屋上野店(東京都台東区)は、グループ入りしたパルコを入居させる方針で、もはや百貨店とは言えない店舗となる見込み。地域一番店だった松坂屋名古屋店の変身も、グループの「脱・百貨店」への新たな改革の一環と言える。
訪日外国人増加の恩恵を受ける全国百貨店売上高は5月、前年同月比6.3%増と2か月連続で前年を超え、好調だ。しかし、長期的に見ると全体としてピーク時の6割程度に落ち込んでいるのも事実で、今後は少子高齢社会の本格化も待ち受ける。
「訪日外国人効果があるうちに手を打たなければ将来のじり貧は避けられない」との見方は流通業界全体では多いが、百貨店業界に限れば腰は重く、松坂屋の変身は業界の先頭を走る。消費者の反応はどう出るか、答えが出るのはそれほど先のことではない。