救急車の有料化をめぐる議論が、いよいよ本格的に始動することになりそうだ、2015年5月11日に開かれた財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で財務省が示した案の中で、「軽症の場合の有料化などを検討すべきではないか」と明記されたためだ。
救急車の出動件数はここ10年で2割も増加しているが、実際に搬送される人の半分が軽症者だ。そのため、このまま現状を放置すれば本当に救急搬送が必要な人への対応が遅れる可能性が指摘されている。有料化で不要不急の出動を減らし、年間2兆円にものぼる消防関連の経費削減につなげたい考えだ。だが、有料化すると「自分では軽症だと思っていたが実は重症だった」といった症状の人が救急車の利用を避け、重症化させるリスクも指摘されており、今後の議論には紆余曲折がありそうだ。
救急搬送された半分が入院加療必要ない「軽症」
2014年版の消防白書によると、13年中の消防車の出動件数は590万9367件で過去最高を記録。出動件数は03年と比べて22.3%増加しているが、救急隊員数の増加は約7%で全く追いついていない。こういったことも影響して、119番通報から救急車が現場に到着するまでの時間は03年は6.3分だったものが13年には8.5分と、10年間で34.9%も遅くなっている。
一方、13年に救急搬送された534万117人のうち、全体の49.1%にあたる266万7527人が、入院加療の必要ない「軽症」だと判断されている。その中には「軽症」どころではないケースもあり、消防庁が2011年から配っている救急車利用マニュアル「救急車を上手に使いましょう 救急車 必要なのはどんなとき?」では、以下のような実例が紹介されている。
「蚊に刺されてかゆい」
「紙で指先を切った。血は止まっているが...」
「病院で長く待つのが面倒なので、救急車を呼んだ」
15年5月11日の会合では、地方財政、文教・科学技術、公共事業の3分野が議題で、救急車の議論は地方財政の「行政サービスの効率化」の一環として取り上げられた。財務省の資料では、
「現状を放置すれば、真に緊急を要する傷病者への対応が遅れ、救命に影響が出かねない。この点、諸外国でも救急出動を有料としている例はみられる」
と指摘している。
消防庁の検討会でも「国民的な議論の下」で検討求める
06年3月に消防庁が発表した「救急需要対策に関する検討会」報告書では、(1)119番通報を受けた時点で緊急度・重症度を選別する「トリアージ」を行う(2)軽症者に民間の移送サービスや受診可能な病院の情報を紹介する、といった対応を行っても効果が十分ない場合は、有料化を視野に入れるべきだと提言している。
「更に救急行政の予算・体制の拡充の検討を行うとともに、救急サービスの有料化についても国民的な議論の下で、様々な課題について検討しなければならない」
財務省の資料では、この部分を根拠に
「諸外国(フランス等)の例も参考に、例えば、軽症の場合の有料化などを検討すべきではないか」
としている。国外に目を向けると、パリ近郊で医療機関が組織する団体に救急搬送を依頼すると、30分で約3万4000円かかる。米ニューヨークでは、民間救急車の利用料金には幅があるが、消防の場合は約5万円かかるようだ。
このような数万円の利用料金の設定で、救急車の出動回数が減少するのは確実だ。だが、これに対する「副作用」も指摘されており、前出の「救急需要対策に関する検討会」の議事要旨でも、主席者から懸念の声が相次いでいた。
「有料化は、大変に副作用が強過ぎる問題であると認識している。本来対象とすべき、傷病者に対する影響があることはもちろんのこと、救急現場活動という視点からも、大変な混乱を招く話になる」
「高齢者といった弱い立場の方が、救急車を要請した際に、一定の料金を徴収することはかなり厳しい」