安倍晋三首相は2015年4月26日夕方、米国を訪問するために羽田空港を特別機で出発した。その2時間ほど前、昭恵夫人がフェイスブックに投稿したのは、安倍首相が上着を脱いで、大きな口を開けて何か話している写真だ。投稿では「アメリカでの演説練習中」と説明されている。
訪米のハイライトは4月29日(現地時間)に日本の首相として初めて臨む、米議会の上下両院合同会議での演説だ。この演説の成否が今後の日米関係を左右するとの見方もあり、昭恵夫人の投稿は、安倍首相の演説に対する強い意欲を反映しているとも言える。
バンドン会議の安倍首相演説について国務省でも質問が出る
安倍首相は出発直前、演説について、
「日本が今後米国とともに何をしていくのか、どういう世界にしていくのか。そういうビジョンを掲げたい」
と述べた。4月20日に出演したBSフジの報道番組でも、日米同盟がアジア太平洋地域の平和と安定を含めて世界にどのように貢献するかについて訴えたい考えを示している。
ただ、米国には安倍首相の歴史認識を警戒する動きが急速に表面化している。
例えば4月22日に行われた国務省のハーフ副報道官の会見では、安倍首相がアジア・アフリカ会議(バンドン会議)で行った演説で、「侵略」という単語や植民地統治に対する謝罪がなかったことについて、
「あなた(米国)の重要な同盟国、韓国が公式に失望の意を示した。あなたも同じような考えか」
という質問が出た。
ハーフ副報道官は「演説に関する分析は持ち合わせていない」などとかわしたが、メディアの関心は歴史認識にも向けられていることは明らかだ。当然、米議会での演説で歴史問題がどう扱われるかは重要な関心事だ。
スピーチライターは「外交とは言葉」が持論
演説のカギを握っているのが、スピーチライターを務めているとみられるのが谷口智彦内閣参与(56)だ。元々は経済誌「日経ビジネス」記者で、第1次安倍内閣で外国メディアを相手に会見する外務副報道官を務めた。第1次安倍内閣退陣後は慶大大学院特別招聘教授に就任し、第2次安倍内閣発足後の13年に内閣審議官として政府の広報担当に復帰。14年4月から現職の内閣官房参与を努めている。
外務省のウェブサイトに「日本の発信力とブランディング」と題して掲載されている06年のインタビューで、谷口氏は国際会議で日本人記者や日本企業からの質問や発信が少ないことを挙げ、
「『日本として言うべきことはきちんと言わなければならないし、そのためには自分で発信することを躊躇していては何も始まらない』という思いは、やがて確信になりました」
などと記者時代の経験を振り返った。さらに、外交では何が「武器」になるかを聞かれ、
「それは結局、言葉です。『外交とは言葉』なのじゃないか。自分の考えていることを、わかりやすく、かつ強く、言い続けなくてはならないし、土壇場の外交交渉の現場で使われるのは、つまるところ言葉の力です」
と持論を述べている。
「アンダーコントロール」「ISILと闘う」で物議
13年9月にニューヨーク証券取引所で行った演説の「Buy my Abenomics」(アベノミクスは「買い」だ)を筆頭に、安倍首相の演説には「強いメッセージを発信できている」という評価がある一方で、議論が分かれるものもある。13年9月に東京五輪招致のために国際オリンピック委員会(IOC)の総会で行った演説では、東京電力福島第1原発の状況について「アンダーコントロール」(制御されている)と述べた。これが原発事故に対する海外の不安を払しょくし、五輪誘致につながったという評価がある半面、汚染水対応に難儀しているという現実とはかけ離れた説明だという批判も相次いだ。
15年1月にエジプト・カイロで行った演説では、過激派組織「イスラム国」(ISIL)を名指しして、
「ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」
と踏み込んだ。イスラム国との対決姿勢を鮮明にしたことが日本人2人の誘拐事件につながったという批判もある。