2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、受動喫煙対策の都条例制定をめぐる議論が高まっている。東京都の舛添要一知事が2014年夏に条例化の構想を打ち出したものの、飲食業界や議会から強い反対の声が上がって見送り論が強まると、禁煙推進派が反論して巻き返し、この問題を協議する都の「受動喫煙防止対策検討会」(座長=安念潤司・中央大教授)では結論が先送りになった。
受動喫煙防止に関する罰則付きの法令を設けるという近年の五輪開催都市の「国際標準」を実現できるか、別の道を探るのか、岐路に立たされている。
検討会で禁煙vs喫煙バトル
医師や法律家、日本オリンピック委員会(JOC)役員ら12人で構成する「受動喫煙防止対策検討会」は、「五輪までに飲食店を禁煙化したい」という舛添知事の昨年8月の発言を受けて9月に設置された。具体的に知事は、店舗などに禁煙や分煙設備の設置を義務付ける受動喫煙防止条例の制定への意欲をみせていた。
ところが知事の考えに対して都議会最大会派の自民党が9月、「一律規制ではなく分煙の推進を」と反旗を翻し、党都議会幹部からは「喫煙の権利もある」「都区市町村で1300億円のたばこ税の収入は不可欠」など牽制する声が相次いだ。飲食業界も、約800社が加盟する「日本フードサービス協会」(東京)が「たばこの扱いは店舗側が客層に応じて決めること」と一律規制に反対した。「小規模店では分煙化のスペースもお金もない」というのが論拠だ。
こんな「外圧」もあり、検討会の議論は昨年10月の第1回会合から対立が目立った。2015年2月の第4回までに、例えば医師の7委員のうちの5人が「たばこの害は医学的に証明されている」などと規制強化を主張する一方、2人の医師は一律規制に慎重論を展開するなど、議論が収れんする見通しが立たない状況に陥った
都は、ズルズル引き伸ばしてもまとまらないと判断して年度内に検討会としての報告とりまとめを要請。これを受け、座長の安念潤司・中央大教授が①都は国に対し、全国に適用される法律による規制を働きかける、②法律ができるまでの過渡的な対策として、都は分煙に力を入れ、事業者の財政支援を進める、③煙にさらされる飲食店従業員らを守る対策も講じる、④全体の工程表を示す、⑤2018年までに条例化を見据えて再検討する――などを盛り込んだ提言案を提示した。「条例化を求める委員と、慎重な委員の隔たりが大きいため、現時点で書きこめるギリギリの線」(都政関係者)という位置づけで、3月30日の第5回会合で了承を得ようとした。
ところが、案に対して規制強化派から「罰則付き条例を制定するなど実効性のある提言にすべきだ」「この書き方だと工程表を作れないと読める」などと修正を求める意見が噴出。規制強化に慎重な立場からは「さまざまな意見が出たが集約されなかった、と取りまとめれば良い」といった声も出て、改めて会合を開くことになった。
「国際標準」は禁煙の徹底
都道府県で同種の条例を制定済みなのは神奈川県と兵庫県だけ。全国に先駆けて2010年に制定した神奈川は、学校、病院、官公庁は禁煙、飲食店や宿泊施設は大規模施設に限り分煙か禁煙を課し、兵庫県もほぼ同じ内容。神奈川は違反施設に5万円、個人には2万円を科す。ただ、神奈川の場合でも、飲食店では規制対象(厨房を除き100平方メートル超)に満たない店が全体の約4分の3を占めるなど、実効性を疑問視する声は絶えない。
また、条例化を検討した山形県は業界団体から「客足が遠のく」との声が上がり条例化を見送り、京都府は影響に配慮して条例化を避け、2012年に「憲章」を策定し、店先に禁煙・分煙ステッカーを張るなど自主的な取り組みにとどめている。さらに、大阪府は飲食店や宿泊施設は対象から外し公共施設などを全面禁煙とする条例案を府議会に提案したが、分煙を認めない点に反発が出て断念した。ある県の担当者は「一足飛びに全面禁煙は難しく、できるところから進めるしかない」と話すが、その程度をめぐって、議論は尽きないのが現状だ。
東京都の舛添知事は昨年末、自民党や業界などの反対を受け、「条例を完全に捨てているわけではないが、その前に他の施策をもう少しやりながらと思っている」と語り、飲食店の分煙化工事への補助などの施策を優先させる考えを示している。
検討会の安念座長は「1、2年経てば、国の立法意欲も含め、かなり情勢が変わる」と、条例化の機運が盛り上がる可能性を指摘するが、東京五輪まで5年という限られた時間でどこまで進むか。五輪開催地の禁煙徹底が近年の国際標準になっていることから、国の対応を含め、日本の遅が世界から注目されることも考えられる。