政府内で解雇を金銭で解決する制度を導入しようという動きがある。規制改革会議が2015年3月25日、「解決金制度」(金銭解雇)の導入を提言したのだ。
同制度はこれまでも幾度となく検討されたが、「金を払えばクビにできる」と袋叩きにあい、見送られてきた。今回はそうした批判に配慮し、解雇無効とされた労働者の側しか申し立てられないとしているが、労働側はこれを突破口に、いずれ解雇拡大につながると警戒しており、議論はすんなりとは進みそうにない。
繰り返されてきた議論
金銭解雇が検討されるのは、今回が初めてではない。小泉純一郎政権時代には雇用の規制緩和の目玉として提案され、2003年の労働基準法改正時には盛り込まれる寸前までいった。安倍晋三政権も、労働規制を「岩盤規制」と位置づけ、成長戦略に「労働者の停滞産業から成長産業への移動」(雇用の流動化)を掲げており、開会中の通常国会でも、時間ではなく成果に対し賃金を払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」創設や派遣労働の規制を緩和する法案が焦点になる。金銭解雇も同じ「雇用規制緩和」の流れにあるもので、「解雇規制が厳しく労働者の移動が進まない」というのが、基本的な問題意識だ。
ただ、規制改革会議は労働側の反発に配慮し、厳しい条件を科すとしている。具体的には、裁判で「解雇無効」とされた労働者に対し、企業が一定の金額を支払うことで解雇できるようにするもので、あくまで労働者側の申し立てに基づくとする。「経営側が自由に申し立てて、金さえ払えば解雇できるという制度ではない」と厚労省は強調する。
現在の解雇に関するルールは、労働契約法16条が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする」と定めている。
実際の基準は判例の積み重ねでコンセンサスになっており、整理解雇が認められるには、(1)人員削減をしなければ会社の存続が難しくなる、(2)経営者は 解雇を避けるため、役職員の報酬減など努力を尽くす、(3)解雇対象者の人選が妥当、(4)本人への説明などの手続きが適正――の「4条件」を満たす必要がある。金銭解雇制度でも、この4条件が変わるわけではなく、裁判で不当解雇と認められた後の手続きに関わる制度だ。
米国が要求
金銭解雇導入論の背景には、現実には裁判後に職場に復帰するより、金銭補償による和解で解決しているケースが多いとみられることがある。そのルールが不明確なため、解決までに時間がかかることも多いとされる。規制改革会議の岡素之議長(住友商事相談役)は「(解雇トラブルを)できるだけ早期に解決する。働き手に納得してもらえる解決の仕方を実現すべきだ」と、提言の狙いを説明する。
解雇を巡る紛争解決には、訴訟以外に労働審判、労働局のあっせんによる金銭の支払いもあり、「解決までの期間や金額にばらつきがあり、先行きを見通しにくい」(規制改革会議関係者)。金銭解雇のルールができれば、労使双方に費用や事務負担がかかる裁判を回避できるようになり、迅速な解決が期待できる。また、一般に、労働審判などは裁判より安い解決金で決着することが多いので、金銭解雇で解決金の水準が明確になり、裁判を起こす余裕がなくて安い解決金で泣き寝入りしてきた労働者にとってメリットがあるはずだ。
ただ、金銭解決が多いという現状は、裏を返せば、労働者が裁判で不当解雇だと認められ、職場に戻る道が開かれたはずなのに、実際には、企業側が職場復帰を拒んで、結果として金銭で解決している場合が多くともいえる。このため、金銭解雇がルール化されれば、職場復帰への道がいよいよ遠のく恐れもある。
実は、こうした解雇規制緩和は、従来から米国も要求してきた。在日米商工会議所(ACCJ)は幾度もこれを要求、2014年2月に出した提言「アベノミクスの三本の矢と対日直接投資:成長に向けた新たな航路への舵取り」でも「労働流動性」の項目で、雇用契約と解雇について一層の柔軟性と透明性確保を求め、「具体的な提言例」として、合法的に解雇できる場合の基準を明確化することともに、「十分に正当な理由を欠く解雇において、原職復帰に代わる金銭的補償制度を導入する」と明記している。まさに、規制改革会議での議論を先取りする内容だ。
外資系企業で「ロックアウト解雇」と呼ばれる問答無用の解雇が一部で問題化し、また日本企業を含めて「隔離部屋」による退職強要なども後を絶たないように、現行法制でもトラブルが絶えないだけに、「いずれ経営者からの申し出でも金銭解雇が認められるようになるのではないか」という労働側の警戒心は簡単には解けない。また、解決金の水準が低く設定されれば、金銭面での救済が不十分なまま安易な解雇が広がる恐れがある。このほか、解雇された後の生活保障をどうするか、職業訓練をいかに充実させるかなどの課題も多い。
厚労省は検討会を設けて制度化について議論を進める方針というが、功罪両面が考えられるだけに、慎重に検討する必要がある。