公的年金の積立金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の理事長として、2015年3月末に5年の任期が切れた日銀出身の三谷隆博氏(66)が再任された。
GPIFをめぐっては昨年、運用資産の株式比率引き上げが実施された一方、組織改革が政権内の意見対立で先送りになり、所管するGPIFにとって「不本意な再任」(政府関係者)となった。
新運用方針で株高をけん引
約137兆円の年金資産を運用するGPIFの新たな運用方針は2014年10月に決まった。従来は60%を国内債券で運用していたのを35%に減らす一方、国内株式25%(従来は12%)、海外債券15%(同11%)、海外株式25%(同12%)へと、それぞれ引き上げた。価格変動も含め、実際の運用構成は目安からずれることがあるので、その許容幅を国内債券は上下10%(従来は8%)、国内株式は同9%(同6%)、海外株式は同8%(同5%)に拡大した。この結果、国内株式は最大34%、現在の規模でざっと45兆円程度まで持つことができるようになった。
もちろん、一気にこの比率まで高められるはずもなく、徐々に株式の組み入れを増やすことになるが、そのピッチは市場の予想を上回っている。GPIFが今年2月末に公表した2014年12月末時点の国内株式の比率は19.80%と、9月末の17.79%から2ポイント上昇。買い入れ額は約1兆7000億円に上ったとみられる。これは、年間に換算すれば6.8兆円になり、日銀が実施しているETF(上場投資信託)の年間購入額3兆円の2倍超あり、「相当のハイペース」(市場関係者)。今後の買い余力も含め、株式市場に買い安心感が広がったことが、現在の2万円がらみの株価をけん引しているという見方が一般的だ。
権限が理事長1人に集中している
ただ、これだけ巨大化した年金資金の運用のあり方の議論は、まだ熟していない。問題提起したのは塩崎厚労相で、株式などの比率アップと同時に、「運用リスクを管理する必要がある」としてGPIFの組織改革を主張したのだ。具体的には、権限が理事長1人に集中している現状の「独任制」を改め、運用方針などの重要事項を複数の金融の専門家らの1人1票の合議制で決められるよう、2016年をめどに新たな特殊法人に変えようとした。日銀が金融政策を合議制の政策委員会で決めているのを参考にしているといい、社会保障審議会(厚労相の諮問機関)年金部会の下に設置した作業班は昨年末、塩崎厚労相の意向に沿った改革案をまとめ、厚労相は現在開会中の通常国会に関連法案を出す構えだった。
政権内で対立、泥仕合
ところが与党の一部などから「合議制の導入は、機動的な運用の足かせになりかねない」と、今国会への法案提出に慎重な声が噴出。安倍晋三首相は2月、塩崎厚労相に対し、関連法案の今国会提出を見送るよう指示した。背景には塩崎厚労相と官邸・厚労省年金局ら事務方の意見対立・確執があると指摘される。
運用のプロとして、GPIFの新設ポスト「最高投資責任者(CIO)」に年明けに就任した水野弘道氏の選定をめぐり、水野氏をプッシュした世耕弘成官房副長官と、難色を示した塩崎厚労相が激しく対立したのが昨年秋。双方がリークしたとささやかれる記事がそれぞれ別の雑誌に掲載されるなど泥仕合の様相に。菅義偉官房長官は塩崎厚労相批判を強め、厚労省事務方も官邸に組織改革先送りを働き掛けたという。最終的に「塩崎さんは孤立無援の状態」(与党関係者)になり、元々塩崎氏とお友達とされる首相も「今国会での改革は困難」と判断したようだ。
人事が三谷氏の再任に落ち着いたのは消極的な選択だろう。組織改革の行方が不透明で、任期5年とはいえ、新組織への移行となれば、1、2年で交代という「ショートリリーフ」の可能性があるため、新たな引き受け手を探すのが困難だった。また、三谷氏が塩崎厚労相と年金局の対立の中でも中立的な姿勢を維持してきたといい、官邸を含め受け入れやすかったという事情もあった。
組織改革問題は引き続き、社保審の年金部会で議論されるが、どのように決着するかは見通しが立っていない。