医療死亡事故の原因究明と再発防止を目的に2015年10月に始まる「医療事故調査制度」の運用指針を議論している厚生労働省の有識者検討会で、意見対立が解けない。2月25日の会議で同省から原案が示されたが、病院による事故調査(院内調査)の扱いをめぐり、遺族側の委員と医療側の一部の委員が対立し、結論を先送りした。
今後、山本和彦座長(一橋大大学院教授)と同省が議論を踏まえて案文を調整するが、各委員の了解が得られなければ再度、検討会を行うことになる。
「予期せぬ死亡事故」があった場合、民間の第三者機関に届け出
検討会は医療団体幹部や弁護士、医療事故の遺族など24人で構成、2014年11月から5回にわたって協議してきた。
医療事故調制度は2013年6月の医療法改正で、創設が決まった。骨格は、全国約18万カ所の病院や診療所、助産所を対象に、「予期せぬ死亡事故」があった場合、民間の第三者機関「医療事故調査・支援センター」に届け出ることを義務付ける。センターは医療機関の院内調査を支援し、調査結果の報告を受けたうえで再発防止策を分析する役割を担う。遺族は院内調査の結果の報告を受け、納得できない場合はセンターに独自調査を依頼できる仕組みだ。
その調査対象とする「予期せぬ死亡事故」の定義では、手術や処置、投薬などで、(1)事前に患者らに死亡リスクを説明、(2)事前にカルテなどに死亡リスクを記録、(3)担当医らから事情を聴き、病院長が、死亡が予期されたと認定――のいずれにも該当しない場合とした。
これまでの議論で、医療側の一部委員が「院内の調査報告書に再発防止策を記載しない」などと主張していた点については、厚労省は原案で「院内調査で再発防止策の検討を行った場合は記載する」との文言を示し、特に異論は出ず、ほぼ合意に漕ぎ着けた。
遺族側は書面と口頭の両方で説明するよう要求
意見対立を解消できなかったのは、院内調査結果の伝え方。遺族側委員は書面と口頭の両方で説明するよう要求してきたのに対し、医療側の委員から「医師個人の(民事・刑事上の)責任追及に使われる」として調査報告書を遺族に提出するのに反対する意見が出ていた。厚労省の原案では、センターへは調査報告書を提出するとした一方、遺族への説明は病院側が「遺族が納得する適切な方法(口頭または書面もしくは双方)により行う」とした。これは、医療機関に、報告書か説明用資料を遺族側に提供することを求める文言といえ、医療側の一部委員がこれに強く反対し、決着しなかった。
これについては、今後の調整でもまとまらなければ、検討会で再び議論するが、山本座長は「調整がつかなければ両論併記になる」と述べており、先行きはなお不透明だ。
指針の表現とは別に、課題が残るのが、実際の院内調査をどう機能させるかだ。都道府県医師会や大学などが支援団体として第三者機関と連携し、院内調査に関与する仕組みとされている。院内調査を人員面や技術面で支援し、中立性を確保するのが支援団体の役割になるが、学閥など、調査に関わる医師と事故を起こした医師の関係によって、情実で調査が甘くならないか、懸念する声もある。
届け出るかどうかは、基本的に医療機関の判断
また、死亡を第三者機関に届け出るかどうかは、基本的に医療機関の判断とされる点も、遺族側には不安な部分だ。最近の群馬大病院の腹腔鏡手術後に8人が死亡した問題でも、病院の対応の鈍さが医療機関不信を増幅しているように、組織の自発性と自浄機能の乏しさが指摘されて久しい。遺族側が調査を望んでも、医療機関が「予期せぬ死亡事故ではない」と言えば届け出が行われない可能性もあるのだ。このため、医療機関が届け出ない場合などは、遺族の相談を受け付ける機能を、第三者機関に持たせるべきだと指摘する専門家もいる。
ミスを連発する不良医師は論外としても、医師個人の責任追及ではなく、同じような事故をいかに再発させないかが、制度の大きな目的だ。そのために医療側と遺族側が知恵を出し合うことが必要だが、そうした建設的な議論は、まだ始まったばかりということだろう。