イスラム国に殺害されたジャーナリスト後藤健二さんが危険を知りながらなぜ「入国」したのか、は依然として謎だ。その意図を巡って、政府機関による特使だった、テレビ局の取材依頼を受けてイスラム国に向かったなど、にわかに信じがたいデマがインターネット上に出回っている。
いずれも事実無根、根拠不明ではあるものの、ネット上で盛んに喧伝され、少なくない人が信じてしまっているようだ。
菅官房長官が会見で否定するまでに
こうしたデマはブログやツイッター、フェイスブックなど、さまざまな方法によってネット上で拡散されている。特に広まっているのは後藤さんが政府、特に外務省による密使やエージェントだったというものだ。
各種のブログなどをまとめると、根拠はこうなる。週刊文春の報道などで、後藤さんの妻は外務省所管の独立行政法人・国際協力機構(JICA)職員であるとされている。そのため後藤さん自身も外務省と関係があり、撮影したビデオに映ったパスポートが緑色の公用パスポートに見えるということを裏付けの材料として挙げている。
また、2014年10月末の拘束後、イスラム国から妻宛てに何度かメールが届いている。あるブログではこれを「夫からのメールは外務省への報告と要請のメールだ」などとし、「後藤健二は、日本国の特務機関の有能な工作員なのである」と結論づけているものもある。
この工作員説は、500近いリツイート、600以上の「いいね!」をされ、ネット上に拡散した。「興味深い分析かもしれない」「これ、本当かね?」などと話題を集めている。
さらに発展したものでは、後藤さんが外務省、湯川遥菜さんが防衛省それぞれ委託を受け、現地でエージェントとして活動していたという話がある。あるブロガーは「政府系工作員であったとして、後藤健二はスマートな諜報活動の要員であり、湯川遥菜は暴力と兵站の武張った軍人である」と推測。ツイッターにも同様の書き込みが行われ、盛んにリツイートされている。
これらはもちろん根拠のないデマだ。菅義偉官房長官は15年2月1日の会見で後藤さんについて「公用旅券という事実はない」とし、政府の意向を受けて現地入りしたという情報を否定。一般旅行者と同様、出国時には外務省の渡航情報にもとづき渡航延期や退避勧告の説明を行ったとした。
「瞬きがモールス信号」「殺害ビデオのフェイク」
また、後藤さんが現地入りしたのはテレビ局が行かせたからだ、という話も出回っている。週刊文春で紹介されたフリージャーリストの「映像が番組で流されれば、10分間で200万円から300万円ほどのギャラがもらえます」という証言や、根拠のないネット記事に尾ひれが付いて拡散されているようだ。
うわさを信じた人たちは「キチンと会見を開いて釈明すべきだ」「湯川救出に後藤を送り込んでスクープしようと思ったのかね」などと具体的に局名を挙げて非難する書き込みを行っている。
さらに、後藤さんがビデオの中で瞬きを繰り返しているのは「見捨てろ」「助けるな」というモールス信号だったという憶測や、公開された動画はフェイクで実は後藤さんは死んでいない、など根拠のないさまざまなデマが新たにまき散らされている。