東京電力福島第1原発をめぐる、いわゆる「吉田調書」に関する朝日新聞の「誤報」の評価が、業界内で大きく割れるという異例の事態になっている。朝日新聞社は記事と見出しに誤りがあったとして記事を取り消したが、日本新聞労働組合連合(新聞労連)が毎年発表している「ジャーナリズム大賞」では、特別賞に選ばれた。
非公開だった吉田調書の内容を明らかにした点を評価し、その後の展開についても「虚報やねつ造と同列に論じるのはおかしい」というのが、その理由だ。
授賞式には執筆した記者2人も姿見せる
「ジャーナリズム大賞」は、その年に掲載された「平和・民主主義の確立、言論・報道の自由などに貢献した記事・企画・キャンペーン」に対して贈られる。2014年の「大賞」は、琉球新報と沖縄タイムスによる基地移設問題と県知事選関連の一連の報道に対して贈られ、吉田調書関連報道は「特別賞」に選ばれた。
新聞労連では、授賞理由を
「作品として応募はなかったが、非公開とされていた調書を公に出すきっかけになったという点で、昨年1番のスクープと言っても過言ではない。特定秘密保護法が施行され、情報にアクセスしにくくなる時代に、隠蔽された情報を入手して報じた功績は素直に評価すべきだ」
と説明。選考の経緯についても
「選考委員は『虚報やねつ造と同列に論じるのはおかしい』との見解で一致した」
とした。15年1月28日に行われた授賞式には、記事を執筆した記者2人も姿を見せた。
選考委員は、鎌田慧氏(ルポライター)、柴田鉄治氏(元朝日新聞社会部長)、北村肇氏(週刊金曜日発行人)、青木理氏(元共同通信記者、フリーランスジャーナリスト)の4人。この4人の過去の発言などを見ると「取り消しは不適切」という点で、きれいに足並みがそろっており、4人の「持論」だということが分かる。
「取り消し=虚報扱い」なのか
鎌田氏は14年12月16日に日本外国特派員協会で開いた会見で「事実関係では誤報ではまったくない」と発言。柴田氏は10月1日、ウェブマガジン「マガジン9」への寄稿で、
「続報を書いて若干の修正をしていればよかった記事なのではあるまいか」
と書いている。10月27日には、報道各社の記者OBら約60人が、吉田調書報道について
「私たちは記事を取り消すまでの誤りがあったとは言えないと考えます」
として、関係者の処分を慎重に行うようにもとめる申し入れ書を送っている。この60人の中に北村氏が名を連ねている。
青木氏は15年1月23日に日刊ゲンダイに掲載されたインタビューで、
「修正や訂正なら分かるけれど、取り消しという虚報扱いしてしまったのは、メディアとジャーナリズムの将来に禍根を残します」
と主張している。
ただ、「取り消し=虚報扱い」かどうかは議論が分かれそうだ。記事取り消しを発表した14年9月11日の会見では、見出しの「命令違反で撤退」という表現が「記事の根幹部分をなす」と説明。見出しを取り消した以上、記事そのものを取り消すのが妥当だと説明した。
14年11月12日に朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)が発表した「見解」でも、取り消しは「妥当」だと結論付けている。その理由は「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」といったもので、捏造などは認定されていない。加えて、PRCの見解では、吉田調書を入手して政府に公開を迫ったり、今後の原発事故対応に課題があることを明らかにしたりしたことについては「意義ある問題提起でもあった」と一定の評価をしている。
吉田調書の誤報問題では、6人が14年12月5日付で処分を受けている。そのうち、記事を執筆した記者2人は減給処分だ。処分と同時に発表された西村陽一取締役(編集担当)の談話では、
「社内調査の結果、取り消した記事は、意図的な捏造(ねつぞう)でなく、未公開だった吉田調書を記者が入手し、記事を出稿するまでの過程で思い込みや想像力の欠如があり、結果的に誤った記事を掲載してしまった過失があったと判断しました」
とある。社内調査でも必ずしも「虚報」とは結論付けられていないことがうかがえる。
吉田調書報道をめぐっては、取り消された14年5月20日の第1報のほかに「特ダネ」として出稿した2本の続報の内容は、すでに他紙が報じていたことも明らかになっている。