ISIL(いわゆる「イスラム国」)による日本人拘束・殺害事件の情勢が、めまぐるしく変化している。日本人人質の身代金要求からヨルダンの死刑囚との交換、ISILに拘束されたヨルダン人パイロットの解放問題もからみ、ヨルダン政府も巻き込みながら、事態は流動的だ。
そうした中、1月27日(2015年)夜、報道ステーション(テレビ朝日系)の「イスラム国」特集を見てびっくりした。筆者は、しばしばCNNやBBCを見るが、それらとはかなり趣が違った内容だった。
「その歴史をみれば、理解可能なところもある」と言わんばかり
番組では、ISILが国家としての機能をもち、社会インフラを整え、100年前に欧州諸国が引いた国境線を変えようとしているという説明だった。しかも、彼らの宣伝映像をそのまま流していた。
「彼らはISILと呼ばれるのを嫌がっている。安倍総理はあえてISILと呼ぶことでテロリストとの対決姿勢を明確にしている」と、キャスターの古舘伊知郎氏が述べたあとで、「イスラム国」という名称を使って、番組が続けられた。
番組の冒頭で「やっていることは容認できない」といいながら、最後には「いろいろな角度からみる必要がある」と、結論としてはISILのやっているテロの一面に理解を寄せていたとしか思えない内容だった。
ISILがテロ集団というより、国家として機能しているという印象を視聴者に与えたのではないか。しかも、その歴史をみれば、理解可能なところもあると言わんばかりの主張だった。
似た感想を持った人もいるようで、1月28日配信のJ-CASTニュース(イスラム国の宣伝し過ぎている? テレ朝「報ステ」に疑問の声も)でも取り上げられている。
世界の報道番組では、テロは無条件にノー
筆者の知っている世界の報道番組では、テロは無条件にノーだ。そうであるので、ISILの広報を放送することはまずないし、ISILのいかなるテロも完全否定で正当化する余地はない、ISILの意見に耳を傾けさせることはきわめて危険だ、というのが常識だ。もちろん、ISILに関わる歴史的経緯は知っていても、ISILのテロを容認するためには一切使わないのはいうまでもない。
こうした世界の常識からみれば、報道ステーションの特集は全くずれていて、大きな違和感があった。外ではテロをおこし、内では人質をとり身代金を要求し殺害するISILの行為は、いかなる理由があっても、どのような角度からみても、容認できないものだ。
このほかにも、マスコミ報道を見ていると、今の時期にどうかなというものがある。今回の事件で、テロ批判は脇におき、安倍政権批判に終始するのだ。
もちろん、政権批判は必要である。しかし、今回の事件の場合、ISILの脅しやその存在のPRによって日本国民を動揺させ、国民を分断させる目的もあろう。共産党の志位和夫委員長までも、「政府が全力を挙げて取り組んでいる最中だ」として、(この問題で)安倍政権批判をした議員に苦言を呈した。
安倍政権を批判するなら、事件が終わったあとにやるべきであって、今の時期に、政権批判をしたら、ISILの思うつぼにはまるのではないか。
いずれにしても、テロリストの言い分を一部正当化したり、無批判で流したり、政権批判のために利用したりすることは、実質的に国民を脅かす行為と言っていい。少なくとも今の時期にやるべきことではない。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。