母親にとって、子どもが睡眠を十分にとれているかどうかは気になる問題だ。
米National Sleep Foundation(国立睡眠財団)によると、就学前の子どもに必要な1日の睡眠時間は1~3歳で12~14時間、3~5歳では11~13時間とされている。しかし現実に、両親ともフルタイムで働いている家庭では、子どもの睡眠時間を十分に確保するのは難しい。
寝つくのが23時を過ぎてしまうことも
1歳5か月の男の子の母親で、都内の企業でフルタイム正社員として働くAさんに帰宅後のスケジュールを聞いた。17時過ぎに退社してダッシュで保育園に息子を迎えに行き、18時半に帰宅。子どもの相手をしながら食事の支度をし、夕飯を食べ始めるのが19時過ぎ。入浴を済ませ、寝かしつけるのは21時を回る。帰宅した父親と遊び始めると、寝つくのが23時を過ぎてしまうことも。ゆっくり寝かせてあげたくても、翌朝7時には起こさなくてはならない。子どもの夜間の睡眠時間は平均9時間ほどで、保育園での昼寝の時間を足しても1日11時間に満たない。
テレビの視聴時間や食事は関係なし
フルタイムで働く母親にとってショッキングな研究報告がある。母親の長時間労働が子どもの睡眠時間を減らし、肥満のリスクを高める可能性がある、というのだ。米イリノイ大学キャサリン・スパイアス教授らの研究チームは、3~5歳の子ども247人とその母親を対象に、母親の雇用状況と子どもの体重変化について調査をした。調査開始から1年後に過体重だった子どもは17%で、うち12%が肥満だった。フルタイム(週35時間以上)で働く母親を持つ子どもは、勤務時間が週20時間以下の母親の子どもに比べて睡眠時間が短く、BMI値が高めの傾向が見られた。また、睡眠時間が1時間増えるごとに子どものBMI値は6.8%低下したという。テレビの視聴時間や食事についても検討したが、子どもの体重変化と相関がみられたのは睡眠時間だけだった。
「寝ない子は太る」のは成長ホルモンと自律神経が関係
睡眠不足が肥満を招くことは、これまでにも多くの研究で示唆されている。日本でも幼児期の生活習慣と健康との関係についての調査が行われ、興味深い結果が出ている。
「富山スタディ」と呼ばれるこの調査では、富山県で平成元年度に生まれた約1万人の子どもを対象に、3歳から3年ごとに生活習慣と健康状態を調べた。その結果、3歳のときの睡眠が9時間未満の子どもは、10時間以上の子どもに比べ、中学1年になったときの肥満率が1.6倍だった。
調査を実施した富山大大学院医学薬学研究部は、幼児期の睡眠不足が肥満を招く理由について、主に成長ホルモンと自律神経の2つの要因が関わっていると説明している。睡眠中に分泌される成長ホルモンは、夜間の脂肪分解に関わっているため、睡眠時間が短いと肥満に傾く可能性がある。また、睡眠中は副交感神経のほうが活発になるが、睡眠不足になると交感神経の活動が強くなる。すると血圧や心拍が上がりやすくなり、血糖を下げるインスリンの働きが悪くなるため血糖値が上がりやすくなる。そのため、睡眠不足は糖尿病や高血圧、肥満のリスクを高める。「寝ない子は太る」のだ。
「どうすれば十分に寝かせてやれるのか教えてほしい」
厚生労働省が実施している21世紀出世児縦断調査でも、母親の労働時間が長いほど、22時以降に就寝する子どもの割合は増えることがわかっている。わが子を肥満や生活習慣病のリスクにさらしたくはないが、「どうすれば十分に寝かせてやれるのか教えてほしい」というのが、働く母親の本音だろう。米国でも日本でも、子どもの睡眠時間に影響を及ぼすのは母親の労働時間であって、父親の労働時間は問題になっていない。
[アンチエイジング医師団取材TEAM/監修:山田秀和 近畿大学医学部 奈良病院皮膚科教授、近畿大学アンチエイジングセンター 副センター長]
参考論文
Sleep, but not other daily routines, mediates the association between maternal employment and BMI for preschool children
DOI:http://dx.doi.org/10.1016/j.sleep.2014.08.006
アンチエイジング医師団
「アンチエイジングに関する正確で、最新かつ有効な情報」を紹介・発信するためにアンチエイジング医学/医療の第一線に携わるドクターたちが結成。 放送・出版などの媒体や講演会・イベント等を通じて、世の中に安全で正しいアンチエイジング情報を伝え、真の健康長寿に向き合っていく。HPはhttp://www.doctors-anti-ageing.com