安倍晋三首相が表明した消費税再増税の先送りをめぐり、日銀内で微妙な温度差が生じている。財務省出身の黒田東彦総裁は一貫して予定通りの再増税を主張してきた経緯があり、2014年10月31日の追加金融緩和についても市場では「再増税への布石」との見方が強かった。
しかし、日銀内では「物価上昇率2%」の目標達成に追い風になるとして再増税先送りを歓迎する声もあり、一枚岩とは言えないのが実態だ。日銀内の意見の相違が今後の政策運営に影響する可能性もある。
黒田総裁は繰り返し再増税の重要性を訴えていた
「追加緩和が間違っていたとか、もっと待つべきだったとはまったく考えていない」。黒田総裁は11月19日の記者会見で、記者から「再増税が延期になるのなら追加緩和しなければよかったと後悔していないか」と問われ、苦笑いを浮かべながらこう答えた。
こうした質問が投げかけられたのは、黒田総裁が以前から安倍首相に対し、予定通り2015年10月に再増税するようメッセージを送っていたからだ。政府の財政再建が進まなければ、日銀の国債の大量購入が市場から「財政赤字の穴埋めをしている」とみなされ、国債価格の急落(金利は急騰)を招く恐れがある。黒田総裁は記者会見や国会答弁で繰り返し「財政への信認が失われる確率は小さいが、生じた場合のリスクは大きく、政策対応は困難」と述べ、再増税の重要性を訴えていた。経済官庁幹部は「追加緩和は物価の下振れが最大の理由だが、予定通りの再増税を促す黒田総裁の意図が込められていたのは間違いない」と解説する。
岩田規久男副総裁は再増税は先送りすべきとの立場
だが、日銀内の足並みが「再増税に向けた追加緩和」で一致していたわけではない。再増税が予定通り実施されれば、景気が腰折れし、2%の物価上昇という目標到達が遠のくという懸念も一部で根強かった。とりわけ、安倍首相と意見が近いとされる岩田規久男副総裁は、就任前の学習院大教授時代から「デフレを脱却する前に消費増税をすれば、消費が冷え込み税収も減る。大胆な金融緩和で成長率を上げた後に増税すべきだ」と主張。財政再建より2%の物価目標達成を優先する立場を鮮明にしてきた。副総裁就任後は消費増税に関する発言を控えているものの、14年4月の消費増税後に景気が低迷し、物価上昇率が頭打ちとなる中で、「再増税は当然先送りすべきとの立場だった」(関係者)とみられる。
黒田総裁が追加緩和の議案を提案、反対派を押し切った
再増税に対する考え方は正反対ながら、鈍化した物価上昇ペースを再び加速させるという目的では一致する正副総裁は、10月末の金融政策決定会合で追加緩和への議論を主導した。日銀が11月25日に公表した会合の議事要旨からは、追加緩和を主張する委員らが「ここで政策対応を行わなければ、日銀に対する信認が損なわれる」と迫り、黒田総裁が追加緩和の議案を提案、反対派を押し切った様子が浮かび上がる。日銀幹部は「正副総裁の間で意見の相違が生じないよう入念な事前調整が行われた」と打ち明ける。
一方、議事要旨には、反対派の審議委員らが追加緩和の副作用として、円安による中小企業の負担増や市場に「財政赤字の穴埋め」と受け取られるリスクなどを指摘し、4時間以上にわたって激論が交わされたことも記されている。追加緩和は正副総裁3人を含む賛成5人、反対4人の薄氷の差で決定されたが、審議委員の中でさえ追加緩和への評価が真っ二つに割れていることが白日のもとにさらされた。財政再建や大規模な金融緩和に対する考え方は執行部や審議委員の間で大きな開きがあるのが実態で、黒田総裁の今後のかじ取りは一段と難しくなりそうだ。