菅氏は「現場に行って」「陣頭指揮を執る」覚悟持っていた
だが、それでも菅氏は「再び現場に行く」必要性を感じていたようだ。菅氏は3月15日早朝に東電本店に乗り込んだが、寺田氏は車に同乗したときの様子をこう回想している。
「総理自身がそのときに本当に線量が最後まで上がっているときには、最後、自分はその場で現場に行って、現場とはどこまでの現場かわかりませんけれども、陣頭指揮を執ることをせねばいけないだろうという覚悟を持たれていました」
ただ、首相が移動するとなると警護官や秘書官など多数を動員する必要があることから、寺田氏が思いとどまるように説得したという。
「総理が行かれることに関しては最大限努力するけれども、ある種決死隊のように自分たちまで行けるかとなると、そこはできていないからちゃんと整理しますという話の了解をとりました」
到着後、菅氏が大勢の社員の前で、
「撤退したら東電は100%つぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」
などと怒鳴って不興を買ったのは周知のとおりだ。この時の様子を、寺田氏の調書では、
「同じことを3回ぐらいループしながらしゃべっていました」
と冷ややかに振り返っている。