仁川アジア大会の閉幕から1か月以上経った2014年11月6日、韓国メディアのカメラを盗んだとして略式起訴された競泳男子の冨田尚弥選手(25)が記者会見を開いた。
現地での取り調べ時から一転、「カメラは盗んでいません」と窃盗行為を全面否定した。だが冨田選手の言い分には不思議に思える点も少なくなく、身の潔白を証明できたとは言い難いようだ。
「国際大会ではバッジとかを渡されることがよくある」
冨田選手の言い分によれば、見知らぬ男性にバッグを奪われてカメラを「入れられた」。男性は濃い緑色の長ズボンを履いたアジア系で、一瞬目が合ったとき、にやつくような不敵な笑みを浮かべたそうだ。バッグにはレース用のゴーグルやキャップが入っており、それらを奪われないことが先決と考え、すぐに取り返して立ち去ったという。
何でも冨田選手は、カバンの中のものがカメラだとは知らないまま選手村に持って帰ったという。見知らぬ男に得体のしれないものを押し付けられれば、すぐに何だか確認しそうなものだ。これについて冨田選手は「大きなゴミだと勘違いしてしまった」と説明した。
しかし危険物の可能性もある以上、やはり一度も見ないのは不自然とも思える。その点をさらに追及されると、今度はゴミではなく、次のように説明した。
「アジア大会に限らず国際大会では、バッジとかそういうのを渡されたりすることは選手の間ではすごいあるので、僕はそういうの(バッジのようなもの)だとおもって勘違いしてしまいました」
不思議な言い分はこれだけではない。韓国警察で否認したかったのは自身の「心の弱さ」が原因だと説明する。「素直に応じなければ日本に帰れず、韓国に残らなければならない」などと脅され、帰国できなくなる不安や、事を大きくして関係者らに一層迷惑をかける懸念から盗みを認めたというのだ。また「信頼する恩師を裏切ることになる」と考えて水泳連盟にも不服申し立てをしなかったという。
しかし冤罪であるのならば、何よりも事実に反することを認めてしまうことこそが、迷惑をかけることや裏切りにつながると考えるのが一般的だろう。
主張食い違う「防犯カメラ」の証拠映像
肝心の防犯カメラの映像についての見解も真っ向から食い違っている。冨田選手は韓国警察で見せられた防犯カメラの映像の一部は不鮮明であり、肝心の盗んだ瞬間も映っていなかった説明する。代理人の國田武二郎弁護士も「その場面を誰も少なくとも私が確認した限りは確認がとれていない」と話した。
これに日本オリンピック委員会(JOC)は6日、「記者会見における冨田選手の発言には驚いている」とコメント。JOCスタッフも映像を見たが、冨田選手と判別できるものであり、カメラを袋に入れるシーンも確認したという。
また、事件を捜査した仁川南部警察署の関係者も韓国・聯合ニュースの取材に
「監視カメラにスポーツウエア姿の男性がカメラを自分のバッグに入れる場面が映っていた。日本選手団のウエアであることを組織委員会に確認し、日本選手団の関係者に映像を見せたところ、日本オリンピック委員会(JOC)役員の柳谷直哉氏がすぐに男性を冨田選手だと特定した」
と説明している。
なお、冨田選手が主張するアジア系の男性は、國田弁護士によれば防犯カメラに映っていたという情報もなく、現時点では冨田氏の供述以外に証拠はないそうだ。そもそも各国ユニフォームを着ている人たちの中に、濃い緑色の長ズボンを履いた男性がうろうろしていれば、それこそ不審に思われるだろう。
会見で主張した「アリバイ」も冤罪の証明とはならなかった。韓国警察が発表していた犯行時刻(10時48分)について、一緒にいたという他選手の証言をとってきたが、韓国警察が犯行時刻を1時間後に訂正していることが報道陣から指摘された。國田弁護士は潔白を証明する材料を改めて集める考えを示した。