世界の音楽ビジネスは、CDからデジタル楽曲ファイルのダウンロード販売、さらにストリーミング配信による定額サービスへと変化しつつある。海外では広告付きで無料配信を手掛ける業者もあり、利用者が増加している。
だが、この形態に異を唱える人気ミュージシャンが現れた。「自分の作品をタダで配信するのはお断り」と、全曲を引きあげてしまったのだ。
有料会員のみに楽曲を提供してほしいと交渉したが断られる
スウェーデン生まれの定額配信サービス「スポティファイ(Spotify)」は、2000万曲を超える楽曲を世界58か国・地域、約4000万人の利用者に提供している。このうち1000万人は、月額9.99ドル(約1140円)を支払う有料会員だ。有料サービスは「聞き放題」で、ストリーミングだけでなくパソコンやモバイル端末に楽曲ファイルをダウンロードすることも可能だ。無料サービスの場合は、配信中に時折音声広告が流れる。
このサービスに楽曲を提供していたミュージシャンが一石を投じた。米歌手のテイラー・スウィフトさんだ。2010年に弱冠20歳でグラミー賞・年間最優秀アルバムに輝き、日本でも曲が番組の主題歌に使われて知名度を上げた。
2014年11月3日、スウィフトさんが最新作を含むすべてのアルバムについて、Spotifyでの提供を取りやめた。Spotifyが公式ブログで明らかにした。11月4日付の米ウォールストリートジャーナル(WSJ)電子版によると、スウィフトさんのレコードレーベルがSpotifyに対し、無料配信を中止して有料会員のみに楽曲を提供してほしいと交渉したが断られ、態度を硬化させたようだ。
もともとスウィフトさんは、曲の無料配信に異を唱えていた。7月7日、自らWSJに寄稿してこう主張している。
「音楽は芸術、芸術は大切で希少なもの。これは価値があり、対価が支払われるべきです。私は、音楽が無料であるべきではないと考えます。アーチストとレーベルが、アルバムの価格を決める日がいつか訪れるでしょう」。
これまで「買って聞いてもらう」が前提だった楽曲が「タダ」となれば、ミュージシャンにとってはやるせないし、収入面でも痛い。だが既に全世界で利用されているSpotifyから「撤退」すれば、曲のアピール機会を失うのも事実だ。米経済誌「マネー」電子版は11月5日付の記事で、「アーチストとレーベルが、アルバムの価格を決める日がいつかくる」というスウィフトさんの予測は「残念ながら当たらない。ストリーミング配信は『業界の未来図』であり、彼女の抵抗は失敗に終わる」と突き放している。
ストリーミング市場が成長してもCDの落ち込みを補えない?
「無料」についてはもうひとつ、議論がある。日本上陸を阻んでいる原因との見方だ。2014年8月8日付の朝日新聞は、無料配信が日本の音楽業界の反発を引き起こしているとし、レコード会社担当者の「ストリーミング市場が成長しても、CDの落ち込み分を補えず、業界全体でマイナスになる恐れがある」とのコメントを引用した。
日本の音楽市場は、今もCDが中心だ。日本レコード協会によると、2013年のCDアルバム生産数量は邦楽と洋楽合わせて1億2813万7000枚。だが10年前の2004年と比べると4割ほど減少している計算だ。大ヒットアルバムも減っている。100万枚以上売れた「ミリオンセラー」は、2013年は1作品のみ。2004年は13作品あり、200万枚や300万枚を売り上げたアルバムがあったことを考えると、CD販売の存在感が薄れてきているのは明らかだろう。
国内の有料音楽配信も伸び悩む。2013年の売り上げ実績は、シングルやアルバム、音楽ビデオ合わせて金額ベースで前年比77%と落ち込んだ。しかも2010年以降は「右肩下がり」となっている。要するに、音楽市場全体が縮小傾向なのだ。ただでさえCD販売と有料配信が苦戦しているところに、「定額聞き放題、無料でも楽しめる」を旗印としたSpotifyが日本にやってきたら――。国内の音楽業界が警戒するのも分からなくはない。
Spotifyは、レーベルとの正式契約に基づく楽曲配信で海賊版の駆逐に貢献し、再生回数に応じてレーベルに還元しているとアピールする。米国の音楽市場では、「定額配信・ストリーミング」の全体に占める割合が、2003年のゼロから2013年には21%まで成長したと11月4日付のWSJは伝えている。
一方で市場規模は150億ドルから70億ドルと、10年ほどで半減した。CD販売の割合が、10年間で95%から35%と激減したのが目立つ。前出の日本のレコード会社担当者が口にしていた、「ストリーミングが成長してもCDの落ち込み分を補えない」という懸念が、米国では既に現実になっているとも考えられる。
日本でも、ソニーやNTTドコモが既に有料音楽配信サービスを提供している。だが無料モデルを持つSpotifyが本格参戦となれば、無料配信の利用が一気に加速するかもしれず、そうなれば国内音楽業界への強烈パンチとなる。