中国メディアが、1993年の「河野談話」をめぐって反発を強めている。河野洋平官房長官(当時)が談話を発表した際の記者会見で、強制連行を認める趣旨の発言をしたことについて、菅義偉官房長官が「大きな問題」と批判したからだ。
日本政府は河野談話そのものについては安倍内閣でも継承し、見直さない方針を繰り返し表明している。中国メディアはこの点を無視して「官房長官が公然と河野談話を否定」などと報じており、誤報をもとに中国国民が反日感情を増幅させかねない事態だ。
河野氏の答弁は「大きな問題だと思う」
問題とされているのは、2014年10月21日の参院内閣委員会での共産党の山下芳生議員への答弁だ。山下氏が河野談話について継承する方針を菅氏に念押ししたところ、菅氏はこう答弁した。
「河野談話については、継承し、見直しはしないということは、私たちは明確に申し上げている。ただ、河野談話発表の際に問題になったのはここだと私どもは思っている」
「ここ」というのは、談話発表時の記者会見のやり取りだ。河野氏が強制連行の事実があったという認識を示したことを、菅氏は「大きな問題」だとした。
「(河野談話の根拠になった)報告書の中には強制連行を示す資料はないということが書かれていて、会見の中で河野官房長官(当時)が強制連行の事実があったという認識を問われ『そういう事実があったと(いうことで)結構です』(と答弁した)。ここがまず大きな問題だと思う」
その上で、済州島で多数の女性が強制連行されたとする朝日新聞の「吉田証言」報道をめぐる誤報問題に触れながら、今後の方針を述べた。
「政府としては、客観的事実に基づいて、正しい歴史認識が形成されて、日本の名誉や信頼の回復をはかるべく、日本の基本的な立場、取り組みというものを、今、海外に徹底して広報しているところ」
読売・毎日は「談話継承」に触れているのに無視
一連のやり取りを、中国共産党系の環球時報は、「日本の官房長官が公然と河野談話を否定 慰安婦問題を認めず」と報じた。記事では、読売新聞と毎日新聞の記事を引用した体裁だ。両紙の記事では、談話そのものは見直さない方針についても触れているが、環球時報の記事では無視されている。
新華社通信に並ぶ通信社の中国新聞社(中新社)も、同様の記事を配信した。
これら記事は、中国の多数のニュースサイトに配信されており、その中には新華社通信や人民日報といったメジャーなサイトも含まれる。多くの中国語圏のネット利用者が「日本政府は河野談話を見直す」と受け取ったとみられ、早くもコメント欄には
「恥知らずな極右政府」
「彼は明らかに戦争を望んでいる」
といった声が出ている。
「継承」方針盛り込んだ後も「精神を骨抜きにしようとしている」
菅官房長官は、問題となった国会のやり取りの前後にも、何十回と「河野談話継承」の方針を明言している。こういったことが反映されたのか、環球時報は10月23日の記事で日本政府が談話を継承する方針だという点についてふれたものの、記事中では
「『強制』の事実を否定することで河野談話を空洞化させ、河野談話の本質を否定している」
などとする専門家のコメントを紹介しており、自らの論調を正当化している。
新華社通信も10月22日夜、「日本の内閣官房長官が『河野談話』で詭弁」と題した記事を配信し、1996年に国連人権委員会(当時)に提出された「クマラスワミ報告」に吉田証言が引用されていたとして日本政府が修正を求めたことを指摘しながら、
「河野談話の信頼性を下げることによって、表面上は継承するとしながらも『河野談話』の精神を骨抜きにしようとしている」
などと主張した。