男子サッカーの日韓戦で、またも「安重根」が現れた。韓国・仁川のアジア大会で、韓国サポーターがスタンドでその肖像画を掲げたのだ。近年だけでも2010年、2013年に次ぐ。
韓国の初代統監を務めた伊藤博文を暗殺した人物だけに、その似顔絵を日本戦で掲げれば政治的意味合いが非常に濃い。国際サッカー連盟(FIFA)はサッカーの国際試合での政治的主張を禁じているはずだが、過去の例では「おとがめなし」だった。
アジアオリンピック評議会「スポーツの政治的悪用に反対」
日韓がアジア大会で激突したのは2014年9月28日の準々決勝。スタンドには、安重根の似顔絵が描かれた幕がはためいた。
1年前の東アジア杯を再現したようだ。2013年7月28日、場所は同じ韓国。この時はスタンドの1階から2階まで届く巨大な肖像画に加え、ハングルで「歴史を忘れた民族に明日はない」と書かれた横断幕が張られた。日本サッカー協会(JFA)は試合後、競技中の政治的主張を禁じるFIFAの規定に違反する可能性があるとして東アジアサッカー連盟(EAFF)に抗議文を提出したという。だがその後、EAFFが日本側の抗議を受け入れたとか、韓国にペナルティーが与えられた、という話は聞こえてこない。
近年、韓国で開催の日韓戦には毎回「安重根」が登場する。2010年10月にソウルで行われた親善試合でも、巨大な横断幕が現れた。また2005年2月13日付で朝日新聞に掲載された投書の中に、こんな内容があった。投稿者が2004年7月、ソウルで観戦した日韓の23歳以下代表の試合で、韓国側のサポーターが安重根の肖像画を観客席で掲げていたという。少なくとも10年以上前から始まっていたようだ。
アジア大会を主催するアジアオリンピック評議会(OCA)の「憲章および規則」第3条「全般的な目的」のなかに、こういう規定があった。
「OCAは、スポーツおよび選手を、政治的または商業的に悪用することに反対する」。
また第36条では、OCAによる大会での「スポーツマンらしからぬ行為」を禁じているが、その細則として「OCA 競技大会開催場所、会場または、大会に関係他のエリアにおいては、いかなる種類のデモンストレーションまたは、政治的、宗教的、人種的な宣伝活動も認められない」とある。会場内で行われるいかなる「政治活動」も制限されると読み取れそうだ。
「領土主張」罰金はアルゼンチン345万円、韓国40万円
サッカーの国際試合を見ると、サポーターの行為が処罰の対象となることはしばしばある。中でも人種差別には厳しく、対応も迅速だ。
政治的な主張はどうか。最近の例では、アルゼンチン代表の選手たちが2014年6月、自国開催の親善試合直前に「マルビナス(英領フォークランド)諸島はアルゼンチン領」と書かれた横断幕を手にした。報道によるとFIFAは1か月後、アルゼンチン側に罰金3万スイスフラン(約345万円)と厳重注意の処分を下した。
類似の事例は、2012年のロンドン五輪で韓国代表の朴鍾佑選手が日本戦終了後、島根県の竹島が韓国領だとハングルで書かれたカードを持ってピッチ上でアピールしたのが思い浮かぶ。この時は試合から約4か月経過してから、FIFAが朴選手の2試合の出場停止と罰金3500スイスフラン(約40万円)と、韓国サッカー協会への警告処分を決めた。単純比較はできないが、アルゼンチンに対する措置と比べると決定までに時間がかかり、罰金も約10分の1程度にとどまった。
サポーターによる政治活動となると、2014年3月11日の欧州チャンピオンズリーグ、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)-アーセナル(イングランド)の試合で、バイエルンのファンが「人種差別にはノーを、コソボにはイエスを」と書いた横断幕を掲げたケースがある。コソボは2008年にセルビアから分離独立を宣言したが、ロシアやセルビアが国家承認していないこともあり、サッカー代表チームはFIFAや欧州サッカー連盟(UEFA)の加盟を認められていない。バイエルンはコソボ出身の選手がプレーしていることもあり、サポーターがUEFA入りを後押しするメッセージを出したようだ。この試合では、別に人種差別的な幕も観客席で見られたため、UEFAが「2件分」の制裁としてバイエルンにホームゲームでの観客席の一部閉鎖と罰金1万ユーロ(約139万円)を科したという。
日本政府は、安重根について「テロリスト」「犯罪者」との見方を示している。韓国開催の試合で今回も繰り返された横断幕騒動に、JFAは強い態度で臨むかどうかが見ものだ。